• 補足解説:集団思考について~組織開発(OD)の実践って、どうするの?⑭~

補足解説:集団思考について~組織開発(OD)の実践って、どうするの?⑭~

この記事は「組織開発(OD)の実践って、どうするの?⑭ODコンサルタント必須のトレーニング~」で言及した「集団思考」の解説記事です。

集団思考(Groupthink)の弊害

集団ゆえに陥りやすい問題の1つに、グループシンクという世界があります。

  • 主に合意に至ろうとするプレッシャーから、個人が集団において物事を多様な視点から批判的に評価する能力が欠落してしまう傾向をいう。端的に言えばグループでまとまって物事を考えて同意を得た結果、時としてその意思決定の質が低くなってしまうことを指す。グループワーク、チームワークというものは、もちろん結束が重要であるが、グループシンクは、まとまりの強いグループほど陥りやすいという厄介な存在である。
  • 集団の凝集性が表面的に高い場合や、集団が外部と隔絶している場合、あるいは集団内に支配的なリーダーが存在する場合などに際だって起きやすいという特徴がある。グループシンクを避けるためには、異なった意見を十分に受け入れ、建設的な批判を重視し、選択肢の分析に時間をかけるなどの配慮が必要である。建設的な批判を集団が受容できるようにするには、メンバーが相互に信頼感を持ち、各々が持つ不安や恐れについてもコミュニケーションができる状態になっていることが重要になる。
  • 集団的意思決定におけるこのような現象は、1970年代にアーウィン・ジャニス博士が初めて 『グループシンク(集団思考の弊害)』 と定義し、その後も多くの研究者によって議論されて来た。 この 『グループシンク』 の持つ問題性が、近年の歴史の中でもっとも顕著に現われた例は、1986年のスペースシャトル「チャレンジャー」号の事故であろう。 先端頭脳集団であったはずのNASAにおいて、間違った集団的意思決定による最悪のシナリオがもたらしたこの事故は、その後不幸にして発生した2003年2月のシャトル2回目の爆発事故(コロンビア号)の背景とも無縁とは言えず、ある意味現代ビジネスにおける複雑な意思決定プロセスに対する示唆にも富んでいる。

ジャニス博士は、グループシンクには8つの症状があると云っている。

 

<タイプ1:グループ内に過大評価が起こる。>

① 自分達は何者にも負けない、傷つけられない、という幻想を持つ。過度の楽観が起こり、リスクの軽視が生じる。

② グループ固有の道徳体系や価値規範のようなものを疑いなく信じる。自らの行動の倫理的・道徳的結果を気にしない。つまり、何をしても自分達が正しいと信じきってしまっているという状況だと言える。

 

<タイプ2:閉ざされた心性が生じる。>

③  警告や他の情報を度外視するための(自己)合理化が起こる。自己正当化と言い換えても良い(自分は正しいと定義し、それを起点に物事を判断する)。

④ 他者への偏見が始まる。外に対して「たいした相手でもない」「交渉するほどの相手でもない」などなど、他者の本当の姿を見極めようとせずに見下すようなことである。集団単位での自己防衛である。

 

<タイプ3:「単一」でなければならないというプレッシャーが掛かる。>

⑤グループで合意するために自己検閲を始める。疑問や反論があっても口に出さない。

⑥多数意見=合意という共有された幻想を持ち始める。その為、黙っている=合意している、という誤った前提のもとに話が進み始める。

⑦グループの物の見方に対して反対するメンバーへ圧力を掛け始める。有言、無言を問わず、態度的に圧力を掛け始める。

⑧ 自ら「心の番人」になって安心しようとする。グループの満足を壊すような情報からグループ自身を守る。これも無意識の自己防衛の一つである。

 

  • 同じように集団意思決定の問題を扱った研究にアベリーン・パラドックス(Abilene paradox: Abileneとは米国テキサス州にある土地の名前 がある。アベリーン・パラドックスとは、ある集団がある行動をするのに際し、その構成員の実際の考えとは異なる決定をする状況をあらわす「象徴的コトバ」である。ジェリー・ハービー教授の実体験に基づく研究からこの名称が付けられれている。
  • 集団内のコミュニケーションが機能しない状況下、個々の構成員が「自分の嗜好あるいは目標は集団のそれとは異なっている」と思い込み、集団決定に対して異を唱えないために、集団は誤った結論を導きだしてしまう。アベリーンのパラドックスは「事なかれ主義」(rocking the boat)の一例としてしばしば言及される。

 

以下はその要旨である。

  • ある8月の暑い日、アメリカ合衆国テキサス州の砂漠の中にある町の妻の実家で、家族が団らんしていた。ドミノゲームの最中に、義父が「隣の町にレストランができたそうだね」と53マイル離れたアベリーンでの食事を提案した。本当は、誰も行きたくはなかったが、気を使って誰もはっきりと自分の意見を言わなかった。その為、誰もがアベリーン行きを望んでいなかったにもかかわらず、家族の人は「みんなが」アベリーンに行きたがっていると思い込み、誰もその提案に反対せず、なんとなく、かなり離れた町アベリーンに行くことになった。道中は暑く、埃っぽく、とても快適なものではなかった。行ってみると、レストランでの食事は、草履のように硬いステーキで、非常に満足度の低いものであった。また、帰りが一段と大変だった。時間はかかる、疲れるで、散々なものだった。帰宅してから、誰かがクレームを言い出した。なんで、こんな日にアベリーンに行ったの?誰が決めたの?
  • 悪者探しが始まったが、犯人は最初からいなかったのだ。「みんなの」意思決定にその場の雰囲気が支配され、結果的に誰が決めたわけでもなく、結論が決まってしまったが、その結果は最悪であり、そして何より提案者を含めて誰もアベリーンへ行きたくなかったという事を皆が知ったのは、言い争いが終わった後だった、という話である。これは、行きたくもないアベリーンという町に、はっきりと意見を言わないがために行くはめになったことから、「アベリーンの逆説(パラドックス)」と呼ばれている。
  • この理論の要点は、集団の抱える問題は「不和」から生じるのと同様に「同意」からも生まれるということである。多くの社会科学者に受け入れられており、個人と集団の関係をめぐる理論を補強している。
  • この理論は、経営におけるまずい決定、とくに「委員会」での決定を優先する発想を説明するのにも使われる。コンサルタントによる実務的ガイダンスと同様、経営学の研究と実践でも、構成員の議論を通して集団の決定をなすときには互いに「我々はアベリーンに向かっていないか?」 を問い直さなければいけないと記している。

さて、グループシンクが起こると、どういう結果が待っているであろうか。それは、質の低い意思決定がなされてしまうということである。ジャニス博士は、

①      選択肢をしっかり吟味しない。

②      目標をしっかり吟味しない。

③      望ましい選択肢について、そのリスクを考えない。

④      当初採用しなかった選択肢はもう顧みない。

⑤      情報をしっかり集めようとしない。

⑥      手にした情報について、偏見に基づいた処理をする。

⑦      不測の事態に備えた計画を作っておかない。

といったようなことが起こると云っている。

 

 

グループシンクが発生し、その結果として歪んだ意思決定や質の低い意思決定が起こり得る以上、それを避ける努力をする必要がある。どうすれば避けられるかについて、ジャニス博士はいくつかの方法を提示してる。

  1. グループのリーダーは、メンバーに「批判的な評価者」としての役割を期待し、反論・疑問を出すことを促す。

●まずリーダー自身の姿勢というものが、グループシンクには大きく関わってくる。批判や反論を許さないような雰囲気だと、右に倣えといった雰囲気が出てきてしまうのは否めない。忌憚なき議論の場の創造が必要とされるのである。

●一方で、ジャニス博士は忌憚なき議論の場は時間がかかったり、互いを傷つけたりすることになるかもしれない、ひいては士気や互いの関係に影響を与えるかもしれないといった点があり、それには注意を要すると云っている。その為には、メンバーも自分自身を内観し、自ら低い自尊心で他のメンバーやリーダーに対し、防衛的な攻撃をしたり、中傷したり、好き嫌いで発言をしたりせず、或いは自己正当化に執心せず、建設的に思考したり発言することが望まれることになる。

 

  1. リーダーは、自らの好み・期待を述べるのではなく、公平でなければならない。

●ここは何よりもリーダーの姿勢である。オープンな議論を奨励する、様々な選択肢を検討するといった雰囲気を作るべきであって、リーダーの見方に合わせようとメンバーに思わせるような行動は取ってはならないということである。ビジョンや目標を述べることは非常に重要だが、それが好みになったり部下に対する要らぬ気遣いをさせたりすることは避けなければならないということである。

 

  1. 同じ問題について、複数の独立したグループで検討する。

●1つのグループだけで閉じこもっていると、他者からの遮断という問題が出てくるため、同じ事を2つ以上のグループで検討することによって、様々な観点を取り入れるということである。ただ、非効率になったり、組織の中での主導権争いといった政治的な問題、あるいは責任が曖昧になったりといった問題もあるので、運営には配慮が必要となる。任せっぱなしでは却ってマイナスの結果となる。

 

  1. 選択肢の実現可能性や効果について検討をする際、グループを更に2つ以上のサブグループに分け、検討を行う。

●時間やコストはかかるかもしれないが、それなりのコストでグループシンクを防ぐことができる、とジャニス博士は云っている。