• 心理的安全性とは何か②~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【127】~

心理的安全性とは何か②~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【127】~

 

心理的安全性という概念は、効率主義のマネジメントパラダイムではほとんど考慮されていない概念だ、とエドモンドソンは言います。

従来のマネジメント・システムの大半は製造業第一主義の時代に優勢であった「業務をできるだけ効率的に処理する」という考え方が土台になっています。このような中で工場監督者たちの課題の中心は、変動性を管理することだったのです。

フォード自動車やF.テイラーに代表される分業制や標準化・専門家・簡素化(3S)はこの考え方を実現させる優れた方法でした。単純かつコントロール可能な生産システムという概念は、単純かつコントロール可能な労働者という概念の上に成り立っていたと、エドモンドソンは言います。

このような時代、仕事そのものは面白いと言えるものではなく、モチベーションが湧いてくるようなものでもない。そこで、経営者たちはフロイトが唱えた「快楽原則」に従ってモチベーションの方法を編み出します。

それが「業務量に連動した給与」というアメ(飴)と、「期待に届かなければ叱責と解雇の脅し」というムチ(鞭)を織り交ぜる労務管理です。このようなパラダイムは、今でもマネジメントの世界に色濃く残っています。

しかし、このような方法は知識集約型の組織が台頭する現代社会ではもはや機能しなくなっているのです。

企業の業績は、高度な実験とその検証を素早く行う(アジャイル開発)、創意工夫する力、多様性の中でも協働できる対人関係力、逆境に負けない力(レジリエンス)など監視不能な要因に影響されています。

これらの要因が増してくるにつれ、業務は相互依存的になってきます。このような環境の中では、アメとムチのマネジメントはおよそ役に立たず、仕事の品質や生産性にとってむしろ逆効果になってしまうのです。

 

エドモンドソンによれば、アメとムチのマネジメントは以下のような負の側面を生み出すと言います。

●重大な情報やアイデアが上層部に届かない

スピードと効率、そして結果が重要であるというメッセージを受け取った社員たちは、絶対確実でプラスに作用する情報でない限り、あえて上司に具申するようなリスクを極端に避けるようになる。そして、社員たちは質問すら口にしなくなる。

●試行錯誤の時間が不足する

業務効率を重視する企業は、学習が欠かせない分野への投資を先送り、あるいは抑制し、また人手不足でも、これを放置してしまう。新しいやり方に移行する際には、短期的には業績が下がる可能性が高いが、手当てを十分にせず手早く事を進めてしまおうとし、結局は混乱を招く

●不健全な社内競争が生じる

社員のやる気を引き出すために、社内で一番優秀な部門や人に賞を与える企業は多い。しかしこれは、アイデアやベスト・プラクティスを他部門や他者と共有しようとする気持ちを妨げかねない。

●自分たちは常に正しいと思い込む

業務効率ばかりに固執すると、経営陣は自分たちのやっていることは正しいやり方だと思いがちになる。そして、外部の変化に鈍感になりがちである。

 

これまで見てきたように、エドモンドソンの主張は、問題が起こった時や不確実性が高い新しいことに取り組んでいるときは、建設的なアイデアの提案が欠かせない、そして建設的なアイデアの提案ができるには、その提案を却下されたり無視されたり、挙句は無能呼ばわりされたり罵倒されたりという、従業員が恐怖を感じるようなことがないことが大切だと言っているのです。

これが、彼女が言う「心理的安全性」です。試行錯誤の中で新しいやり方を身に付けていく「学習志向の業務執行」が根付くには心理的安全が確保されている必要があるのです。

 

管理者が、内省や探求およびコラボレーションよりも、判断のしやすさや効率性・行動を重視し、これらを評価のポイントにして欲しいと望むのは、それが分かりやすいということであり不確実性への不安があるからです。

やって失敗したらどうなる、という不安がある場合は、意見を言ったり、質問したり、実験することのリスクを避けるだけでなく、周囲にも同様の行動を奨励してしまいます。

このようなタコつぼ状態の環境では、NASAのような即時に不確実性に対処しなくてはならないような組織において、むしろ業務の品質は低下してしまうのです。こんなことを言ったら上司からどのような報復があるか分からないという不安や恐怖は、人々の口を貝にさせてしまいます。

チャレンジャー号事故(1986)やコロンビア号事故(2003)はそのような環境が生んだ悲劇でもあるのです。

 

心理的安全が保障されている環境では、アイデアを提案したり、質問を発したり、懸念を具申したりすること、更には失敗を犯すことを躊躇せず、そしてそのような行動を通じて学習が促進されるのです。

心理的安全は、自分らしく居られる職場をつくるのではなく、むしろ一人ひとりが自分に限界を設けず、自分の殻を破り、相互に刺激し合いながら学習しさらに高みを目指していこうとするものを助けるものなのです。(続く)

 

※この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株) 波多江嘉之です