• 戦略と組織開発⑥~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【109】~

戦略と組織開発⑥~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【109】~

戦略的意思決定に関する前回からの続き(参考文献:実践としての戦略)。

戦略意思決定に関する従来の研究では、集権化は意思決定を速めるという結論を下すものがほとんどでした。これは私たちのような仕事をしている者にとってはほぼ常識でした。

ところが、この迅速な意思決定研究(キャスリーン・M・アイゼンハート)では、他の経験を積んできたトップマネジメントチームのメンバーがCEOに助言するという特徴が発見されています。

そこで「経験を積んだ助言者を活用するほど、戦略的意思決定プロセスのスピードは速くなる」という命題3.が導かれています。

 

アイゼンハートの研究では、意思決定が遅いチームはチームの中に助言者がいなかった、もしくはCEOをカウンセリングする役割を果たすメンバーがいなかったそうです。その一方で、迅速な意思決定を下す全てのトップマネジメントチームは、少なくとも1人はCEOに影響力のあるアドバイスを与える経験を積んだ助言者がいたのです。

論文では、経験を積んだ助言者が迅速な意思決定にどのように貢献しているのかという点に関して、2つの論点が示されています。

 

①多くの経験を積んだ信頼できる助言者は、CEOとの長期的な付き合いがあり、また有用な助言を与えて意思決定代替案の開発を支える。

②経験を積んだ助言者は、急速に変化する環境で大きな賭けとなる意思決定を行わなければならないという曖昧さに対応しようとする経営チームを支援している。

 

そして、更に言えば意思決定の権限をCEOに付与する集権化は、難しい意思決定に際しての情緒的、物理的障害を克服することに寄与しない。このような場合は、経験を積んだ助言者が重要な役割を果たしうるということです。

 

言われてみればそうだよな、と思います。中国のそれぞれの時代において競争に打ち勝ち優れた治世を行った皇帝には、優れた助言者や軍師がいます。日本でもそれは同じですね。

現代の経営者も成功していく過程では必ずと言って良いほど後見人・助言者という人がいます。日本電産の永守重信さんの後ろ盾には、オムロン創業者の立石一真さんが居ました。

 

私がキャリアのほとんどを過ごした前職の会社も、中期の祖と言われる当時の経営者にはやはりいろいろと助言をしてくれる相談役が居ました。その助言をしてくれた相談役もある会社の中興の祖ともいわれる方です。このような助言者の存在は、ついつい孤独になりがちな経営者の思考や情緒的側面を支援してくれます。

それは、意思決定の迅速さだけでなく、その質についても貢献しているのですね。そして、このような関係がチームの中で実現できていることは、コンフリクトの解消を効果的に行うことに貢献しているようです。

アイゼンハートの研究では、このことから次の命題4.を導いています。命題4.迅速な意思決定を行うチームは積極的にコンフリクトに対処し、それらを解消していたのです。

 

一方で意思決定が遅いチームはコンフリクトの解消に問題があったのです。重要なのはコンフリクトのレベルではなく、それを解消する能力です。このコンフリクト解消能力については先行研究があります。

このODメディアでも紹介していますが、グループシンク(集団浅慮または集団愚考)と言われるアービン・ジャニス教授の研究です。(組織開発の実践って、どうするの?-14 集団思考の弊害を参照)

 

では、コンフリクトに効果的に対処する能力をどうやって学習することができるのでしょうか。それが「ラボラトリー・トレーニング」です。既にODメディアで紹介していますが、ラボラトリー・トレーニングについて再掲します。

 

ラボラトリー・トレーニング(あるいはTグループ)では、大まかなトレーニングの目標観を主催者から提示されますが、グループの運営はチームの主体性に任されます。

現実の世界は、ほとんどが構造化されていない世界です。ところが、多くの人たちは「構造化された教室での学習体験」しかありません。このような学習体験者は、問題解決をする場合「どちらが正しいか」という思考になりがちです。

対してラボラトリー・トレーニングは、グループのメンバーが学習者であると同時に、学習のリソース(素材)となるユニークな学習方式です。参加者は、相互の生きた関係ややりとりの中で自分自身の在り様を深く見つめ、効果的な対人関係やリーダーシップを学習します。

このような中で、参加者は「どうしたら良いかの答え」を共同で探していかなくてはならないのです。それは多くの場合、当事者が「拘っている何かを捨てること」が含まれます。

以前、千葉県のある大手自動車販売会社の取締役がおっしゃったことが忘れられません。「役員が全員ラボラトリー・トレーニングに出た後、役員会の雰囲気がガラッと変わったんですよ。議論がものすごく生産的になったんです。誰を非難するとか問題にするとかではなく、本当にみんなでどうすればよいかを考えて議論するようになりました」。

 

ラボラトリー・トレーニングの中で自分のコミュニケーションの仕方やグループに緊張が走った時の反応の癖などに気づき、集団が変化し成長していくプロセスを参加メンバーとして体験することはコンフリクト解消能力の開発に役に立ちます。

ラボラトリー・トレーニングは組織開発の実践者であるチェンジ・エージェントだけでなく、経営チームメンバーにとってもとても価値ある経験になります。(続く)

 

※この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株) 波多江嘉之です