• 「失敗の本質」から学ぶ:自己革新組織をつくる① ~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-190~

「失敗の本質」から学ぶ:自己革新組織をつくる① ~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-190~

「失敗の本質」から学ぶシリーズは、今シリーズの自己革新組織をつくるで最終シリーズになります。

「失敗の本質」での指摘を待つまでもなく、組織が継続的に環境に適応していくには、自ら変化していく「自己革新」機能を内包していることが必要です。「失敗の本質」では自己革新ができる組織のことをセルフ・オーガナイジンング行動と言っています。これは「言うは容易く行うは難し」のもっともたるものですが、「失敗の本質」では自己革新能力についてどのような条件が求められると主張しているのかを見ていきましょう。それは以下の6つです。

  • 不均衡の創造
  • 自律性の確保
  • 創造的破壊による突出
  • 異端・偶然との共存
  • 知識の淘汰と蓄積
  • 統合的価値の共有

具体的にはどのようなものか順を追って見ていくことにします。

 

【不均衡の創造】

適応力のある組織は、環境を利用して絶えず組織内に変異・緊張・危機観を発生させる能力を有する必要があるといいます。あるいは、組織は進化するためには、組織それ自体を絶えず不均衡状態にしておかなければならないといいます。この主張は、原則的にはなるほど、と思いますが、経営実務の世界において組織を絶えず不均衡状態にしておくというのは、人々に緊張やストレスを強いることになり、組織が不均衡ではなく、不安定になる恐れが強くなります。ではどうするか、この現実的な事例がインテルの例です。インテルがDRAMから撤退しCPUに切り替えた時の戦略転換の物語はいろいろな整理の仕方がありますが、現実的に不均衡をつくっていくマネジメントを考える上で参考になるでしょう。インテルのマネジメントシステムは、半導体という市場と技術の不確実性が高い事業でることを前提としています。

当時、インテルの生産体制はDRAMとMPUのファブの共有があったのですが、定期月次会議(Regular Monthly Meeting)では、製造スケジューラーがファブごとに集まり製造能力の割り当てを決定していました。そして、それぞれの部門の情報がスケジューラーに集まります。その情報はセールス(製品ごとの売上見込み)、ファイナンス(MPW:Margin Per Wafer)、製造(歩留まり)であり、この情報を基にしてもっともMPWが高い製品に生産能力を割り当てます。結果、1984年になると8つのファブのうちDRAMに割り当てられているのは1つに過ぎなかったというものです。それでは、インテルが最初からこのようなシステムを重視した意思決定をしていたかというとそうではないのです。DRAM事業からの撤退は役員会で何度も問題になりながら、常に否定されていたのです(1984年のエド・ゲルバックの発言)。なぜ撤退は遅れたかというと、当時のインテルを支配していた以下のような思い込み(メンタルモデル)があったからです。

  • DRAMこそがテクノロジー・ドライバー
  • ワン・ストップ・セミコンダクタ・サプライヤーであることのマーケティング上の有利
  • 回路設計の技術力による反撃の可能性
  • 本業への情緒的な執着

このような思い込みの結果、1985年にはDRAM事業4800万ドルの売上に対して6500万ドルのR&D投資を続けていたのです。後にムーアとグローブは以下のように語っています。

  • IBMによるインテルのマクロプロセッサーの採用とDRAM事業からの撤退は、独立の出来事のように見えるかもしれないが、実際は複雑に絡んだプロセスの結果であり、根っこは同じところにある(ゴードン・ムーア)
  • 萌芽期にあるCPU事業への投資のシフトは、われわれトップの誰かの意思決定によって行われたのではなく、ミドル・マネジャーの毎日の意思決定の積み重ねの結果である。撤退の意思決定はドラマティックな出来事ではなく、われわれが最後の一声を出したに過ぎない(アンディ・グローブ)

インテルのケースは迅速な意思決定とは異なりますが、毎日のオペレーショナルな情報からの意思決定の積み重ねの大切さを教えてくれます。

 

戦略意思決定の研究について、ODメディアでもすでに触れていますが、リアルタイムの情報が多いほど、戦略的意思決定のスピードは速くなるという研究があります。再度確認しましょう。この論文の研究チームが導き出したのは以下の3点です。(「実践としての戦略」より引用)

  • リアルタイム情報は課題の識別を速める。つまり、問題と機会が経営幹部によってより素早く発見されることを意味する。
  • 連続的にリアルタイム情報に注意を払う経営幹部は直観を発達させている。つまり彼らは、環境の変化により速く正確に反応できることを意味する。
  • 継続的にリアルタイム情報に注意を払う経営陣は、一つのグループとして対応することの有効性を経験しており、迅速なアクションが必要な状況で、ルーチンとして素早く反応できる。

調査対象会社のCEOの特徴を見てみると興味深いデータがあります。意思決定が迅速な経営幹部チームのCEOは「数字に強い人(4人中2人)、行動思考、定量的、短期重視、焦点重視」などの特徴があります。一方で意思決定が遅い経営幹部チームのCEOは「夢想家(4人中3人)、人と距離を置く(4人中2人)、常に突進」などの特徴があります。

研究では「戦略的意思決定スピードのための情報の役割は、リアルタイム情報が経営幹部に意思決定のスピードを速めるだろう深い知識を提供するということである。他方で、将来の予測を試みる計画情報は戦略的意思決定を加速させない」と結論付けています。

つまり「将来の予測を試みる計画情報は戦略的意思決定を加速させない」という指摘は、このようなプロセスでは、我々の思考の範囲で将来を予測してしまい、むしろ不確実性を排除する安定的な意思決定になるということです。「失敗の本質」が指摘している日本軍の失敗もここにあったのです。曰く、米国を仮想敵国とする合理的海軍に危機感がなければ、ソ連を仮想敵国とし北満の原野を仮想戦場とするより情緒的な陸軍には危機感を洞察するリーダーもいなければ、日中戦争での個別戦闘の勝利を反覆する中で、どうしようもない奢りが組織内に満ち満ちていたのです。不均衡の創造は、ある意味、過去の成功を常に問い直すことが求められます。旧日本軍にはそれが決定的に欠けていたのでしょう。(続く)

 

この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株)波多江嘉之です。