• ポスト・コロナの組織を考える⑦~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【76】~

ポスト・コロナの組織を考える⑦~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【76】~

~責任意識の大切さ

最近提唱される組織やチームづくりのkeywordが「信頼」です。特に、A.エドモンドソンの心理的安全性(チームの中でリスクを取っても大丈夫だという、チームメンバーに共有される信念)の研究が話題になり、それをGoogleがプロジェクト・アリストテレスで証明したことにより、いよいよ「信頼」が大切なんだという事にみんなが飛びついた様な感があります。

しかし、考えておかなくてはならないことはGoogleに採用されるような人たちは知的には最高レベルの人材ですし、多くは何かを成し遂げてやろうという気概に溢れた人たちです。ですから、そのような能力や資質基盤があっての「信頼という関係性」です。認知能力と感情という非認知能力の違いもよく理解しておく必要があります。

 

また、A.エドモンドソンも言っていますが、意外とみんなに知られていないのが「責任」という事についての認識です。自由の裏には責任がついて回るというのは、自由民主主義の大前提なのですが、どうも最近は責任という事について十分な教育をされていない人たちが増えているように感じます。

例えば、日本の政府に対しても、野党がいろいろ注文を付けますが、野党の責任は注文を付けることだけではないはずです。どのような国づくりをするのかという基本理念があって、その実現に向けてどのような役割を取っていくのかという事に対して、ほんとに責任ある主張ができて、その主張と異なる政府の言動には堂々と異を唱えるという健全な批判精神を発揮することが求められるのですが、今の野党は駄々っ子に見える時があります。

あ、私現政権の擁護者ではありません。現政権も、ほんとに「何に・誰に」対して責任を取ろうとしているのか分からん時が多々ありますけどね。

 

話が横道に逸れました。で、元に戻すと「責任」についての捉え方ですね。これは、今後ホントに様々に議論されなくてはならない概念となります。

ちょっと前になりますが、4月27日付日本経済新聞の第一面のタイトルは「配当より雇用維持を」というタイトルで、機関投資家の姿勢が転換していることを伝えています。今は配当より雇用維持を優先すべき、というのが機関投資家の認識だという記事です。

まあ、読んでみると優秀な従業員の雇用を守ることが長期的には企業の成長に貢献するし、競争力も維持できるという事で、株主の利益が後ろに隠れていることは確かです。とはいえ、10年前の金融危機の時には従業員の削減で利益や資金を確保し、株主への配当や自社株買いを優先したのに、配当減を容認するということを言っているという事はある意味様変わりですね。

機関投資家も企業の責任という事について従来とは異なる責任をしっかり提言できるといいのですが。

 

ポスト・コロナの組織づくりの要は、一人ひとりが自分の責任と役割の再定義をすることが、先ず求められるのではないかと思うのです。そして、その試行錯誤の過程の中で新しい目的を見出していく先に、次の時代の組織の在り方が見えてくるのではないかと思うのです。

組織を運営していくにあたり「私たちは何に対して責任を持たなくてはならないのか」が欠落していれば、組織活性化もへったくれもありません。

研究によると、善い行いをする、世界をより良い場所にするなど、良いことをしたいのであれば、共感はそれほど役に立たず(多分、日本的に言えば忖度して果断な意思決定ができないという事か)、良い人であるためには自制心と正義感とともに客観的な思いやりが必要だそうです。(イェール大学、心理学部教授ポール・ブルーム)

いわゆるポピュリズムは悪い共感なのですかね。まあ、正義感という意識も時々厄介ではありますが。そういえば「引きこもり」が今回のコロナ騒ぎで解消したという記事がありました。これによると、どうしよもないと思っていた引きこもりの息子がコロナ禍で親がにっちもさっちも行かなくなり外に出てきたと言う話です。(2020年4月30日Microsoft Newsより) 私たちは実存の危機に直面しなければ責任意識は高まらないのですかね。

 

※この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株) 波多江嘉之です