組織は品性が大切 ~ソモサン第276回~

「知情意」(過去ブログ参照)という心の三つの資質ですが、知性と情性に対して意性に関しては滅多に話題に上ることはありません。最も情性も感情という領域でたまに話題になるくらいですから、世の中は知性に偏重した状態なのでしょう。どちらも認知しづらいののがその理由かもしれませんが、それ自体が少し知性を信じすぎているきらいもあります。

しかし「三大資質」ですから意性と情性も、むしろ日常では大きな影響を及ぼしています。事実人は知性が司る「論理」よりも情性が司る「感情」に影響されて「判断」や「選択」をします。上司の云う「理屈」よりも「心象」によって反応の在り方を変えるわけです。

こういった反応が生じるという現実の中には、知性が結構あいまいな存在であることが示されています。

例えば「信仰」のような世界です。信仰とは「超自然な力に対して、或いは特定の対象やその教え(思想体系)に対して、証明できずとも確信を持つことです。」。信仰の中でも特に「霊性」に対する思想体系を「宗教」と称しています。世の中にはたまに証明し切れない超自然的経験があります。信仰心はそこから生まれてきます。世の中には様々な信仰がありますが、それらはすべて独自の思想体系をもって存在しています。思想体系だから、多少似通った部分はあったにしても、基本みな文脈は異なっています。人はそういった中で自分に合った体験や思想体系に自分の信念体系をオーバーラップさせます。そして最も自分に合った文脈に帰依を生みだします。

このことは科学も同様です。「科学的」と称しさえすれば「信仰」の真逆のように錯覚するレベルの人が多くいます。現実には科学も現時点で証明されていると「仮説」です。利便性や用途性においては功利的ですが、すべてが真理ではありません。実際素粒子論において相対性理論には瑕疵があるということが立証されていますし、その素粒子の中でも紐理論において粒子の定義が大きく変わろうとしています。つまり科学もその大半においては「科学信仰」ということになります。だから科学においても未証明な領域においては「あり得ない」といった否定ではなく、「分からない」というのが正しい答えとなります。あり得ないという人はやはり信仰なのです。

このように実証された一部の科学以外の世の中の思想は信仰的な体系で営まれています。これが実態であり、知性の正当性ということになります。知性が力を発揮するのはあくまでも論理を構成する情報が科学であるという立証的な中での話なのです。これは法律も同様です。法律は「最低限の倫理」を規定したモノであり、約束事です。ですから絶対はありません。あくまでも状況における解釈によって運用される曖昧なものなのです。

即ち論理には強い影響力はありません。なのに論理を振りかざす人は「論理馬鹿」といわれます。馬鹿は禅語の「莫迦」が語源ですが、馬のように前しか見えず、鹿のように森の中で身近な周りしか見えない存在を揶揄するときに使います。知性絶対主義に原学習させられた人が落ち込む落とし穴といえます。

このように知性欠陥がありますから、情性や意性を制御することはできません。特に別人格として違った思想体系にある中での知情は、それぞれの内面で違った動きをしますから、単に知の部分で相互理解するというのには無理があります。少なくとも知性は知性として、情性は情性としてそれぞれで嚙合わせる必要があります。そうしないと内面での知情間に齟齬が生じて心が壊れることにもなりかねません。弊社の専務が「電車の中で攻撃的な独り言を話す人に7日連続で遭遇した」らしいのですが、そうした異常者の動きはこういった知情が離反した心から生み出される闇の世界かもしれません。頭では分かっても気持ちが合わない。頭自体が付いていかず、気持ちが浮遊してしまう。

不完全な知性を効果的に機能させ、情性を生産的な動きとして嚙合わせる役割を担っているのが意性の存在です。意性とは知性を意味のある文脈や思想体系に組み立てる意思の作用をいいます。そして意性は知性では得られない動的な情報である「感性」(情性)を意思に組み込み、身体反応を発現させたり、情性および行動の制御を行います。意性の中核は「価値観」「信念体系」です。

日本人の価値観と信念体系の歴史

少し価値観や信念体系と信仰についてお話して参りましょう。

明治期に海外から来た宣教師は、日本人が非常に友好的だし、勉強熱心な国民なのに驚いたそうです。その振る舞いは途上国とは思えなかったそうです。でも同時に同じ国民内での「貧困」「差別」、特に「間引き」といった習慣にはかなりのショックを受けたのだそうです。これは田舎のほうでは昭和初期までなくなりませんでした。あれだけ極端な文明開化が起きたにもかかわらず変わらないのが風習や価値観といった意性です。

その明治期ですが、国家レベルではもっと大きな動きがありました。信仰レベルでの価値観の崩壊です。江戸時代までは現実的には「力が絶対」という信仰でした。幕府が治めていたとはいえ、その足元は盤石ではありませんでした。それが明治期「王政復古」の大号令の下に天皇制が復興します。そしてそれは廃仏毀釈などを伴って「天皇現人神」という信仰として唯一神的(モノセイズム)に絶大な権勢を発揮しました。そう信仰を当地の源泉に置いたわけです。皆さんも「国体」という言葉を耳にしたことがおありかと思います。

当時の日本の状況からみれば、欧米列強が植民地化政策を強める中で、幕府がなくなり求心力を生み出すための施策としては妥当だったし、明治期までは効果があったといえます。しかし現人は万世普遍ではありません。明治天皇はカリスマがありましたが、大正天皇は信仰的には絶対でしたが、実際の執政としては明治天皇の比には及ばず、軍部など明治期に天皇制を演出した人たちが掴んだ権力を抑止するカリスマ性は崩壊してしまいます。時を合わせて1915年頃からの30年間、日本は暴走します。欧米への焦りと覇権主義の横行です。大正天皇時代に作られた老齢者の権勢構造は、若い昭和天皇の代ではもはや歯止めが効かなくなっていました。この時代の典型は、責任なきものが権力を持った時代ということです。天皇が責任者という意識はそのままにその覚悟もない輩が権力を掌握すればどうなるか。

これは今の世の中でも社長とそれ以外の人との責任意識などを見ていると序実にみられる話です。

敗戦までの30年間は信仰の虚実が分離した時GHQが最も日本の再建で苦労したのがこの信仰的な価値観の民主主義への転換です。信仰心はその集団内では「何となく心地よい」わけです。実際昭和40年代まではそういう流れが残っていたのは事実です。一方実際の統治では昭和天皇が戦前に実権を奪われていたことやこのまま天皇を断罪すれば信仰的な爆発が予想されるという判断の中で戦争責任をGHQが除外したのは、信仰という価値観、知性や情性を束ねる存在である意性が持つ力を憂慮してのことだったのでしょう。

さて意性が日常的に最も社会生活上影響してくるのが「品性」です。品性とは「人が自然と感じる厳かさ。気高さ」のことで、身だしなみや言葉つき、態度の立派さや美しさといった振る舞いからモノの見方考え方、そして他者に対する配慮や気配り、引いては気働きのような感受性が利他的であったり、協働的であるといった心の在り方を云います。品格とも云いますが「品格高邁」な人には、人は集まり、寄り添い、運命共同的な行動をしますが、「品格下劣」な人には、人は基本敬遠し、それ以外は打算のような利害共同的な行動をとります。皆さんももうお分かりのように意性の典型である品性は知性とは別物です。知性的には優れていても人格下劣な品性の人は一杯います。というよりも最近非常に増え続けているのように思えます。それも悪意というのではなく無知という形で。

どうしてなんでしょうか。ところで私は若い頃大師匠的な経営者から

「上品は知性とデリカシーで、下品は情念とバイタリティーだ。人を動かすにはどちらも大事で、要はそれをバランスする器があるかどうかだ」

と教えられました。これは私にとって大きな教えでした。

品性の乏しさの一つは、デリカシーのなさです。

デリカシーとは「繊細さ」

です。これは暗黙知として経験から「握り具合」を身に着けるしかありません。この典型が「躾」やマナーですが、最も重要なのが親の「教え」といえます。それも「やって見せる」ことから人の反応などを総合的に学習することです。今の日本人は海外にも出ていかず、グローバルでの繊細さも習得できていないようです。今でも外務省は外交官の子息採用が多いそうですが、グローバル対応する際のデリカシーはやはり実践的に教えられるものだからかもしれません。そしてその原因にあるのが、明治以降の信仰的価値観の変容の中で生じた落とし穴と私は見ています。これには2つの段階があります。まず第一段階は天皇現人神による一神教的な信仰的価値観です。ここでの着眼点は尊王攘夷的な「強さ」でした。「情念とバイタリティー」が求められたわけです。結果日本に蔓延したのは「富国強兵」的な意思であり、仏教や儒教による「利他的な意思」とか「繊細さ」は二の次とされ、先に挙げたように「公が第一、私は第二」といった価値観が優先されました。隣近所は「助け合い」ではなく、「監視し合い」といった、まるで今日の北朝鮮のような気風が席巻されたことが起因です。それでも戦前までの日本では古来からの相互扶助による繊細さは残っていたように思えます。それを破壊したのがGHQの施策です。第二段階です。民主主義の導入は良いのですが、これまでの信仰やそこからの風習を根絶やしにするようなアプローチに加え、学校教育を軸に徹底的に導入されたのが「アメリカ的民主主義」でした。この考えは「行き過ぎたと云われる実力主義」です。このアメリカ的な意性、信仰的な思想体系が強引に導入されたのが、日本の繊細さを破壊した主因だと私は見ています。一方でアメリカは現人神に代わる信仰的思想体系は入れて来ていません。自分たちは実力主義や資本主義的な覇権をしながらも、それを正当化しそれを癒す一神教的な信仰を持ちながら、日本は信仰なき、言い換えると意性なき行動を強いたわけです。当然日本は古来からの仏教や天皇に繋がる神道といった本来は繊細さを司る教えを抱いた信仰をか細く頼りにしながら、グローバル的には主張もできない心がひ弱な国民として、知性に依拠した経済活動での強さをひたすら求めておできない信念体系をもった(要は確固たる思想のない)国家運営に奔走しているのが実情なのではないでしょうか。そして社会評価もそういったレベルから抜け出せないところまで来ているのが、競争力を失う元凶になっているということに気も付かなくなっています。

そういった教育システムや国家態勢の中で繊細さのないひとがどんどん排出されるのは必然であり、人間関係がギスギスし、ネガティブ基調の社会になるのは当然の成り行きになると思います。これこそ病んだ人の続出やモメンタムが生まれない土壌といえるでしょう。

禅の作務に日本復興のヒントあり!

ではどうすれば改善されるのでしょうか。世の中坊主にも色々ありますが、禅の僧侶には比較的繊細で人への気配りや配慮とかいわゆる「察する」力に長けている人が多いように見ています。それは剃髪のような覚悟の在り方もありますが、私的には「作務」という修業がそういった心構えを育んでいるように見ています。作務とは日常の掃除洗濯や調理といった当たり前の活動です。当然トイレ掃除も入ります。そういった活動は自分だけでなく仲間が日々を気持ちよく快適に過ごすための所作であり、気遣いです。夏もあれば冬もあり、一年365日となれば、簡単ではありません。快適さもさることながら、お互いのスムースさも考え、全員が分け隔てなく精進できる空間を生み出していくには、相当の気配りや感受性、共感力が求められてきます。そういった繊細さを育てるのが作務です。

これは工場などの5S活動にも繋がる活動です。

確かに繊細な人に共通するのは

 

・整理整頓がされている。

・時間が守られている

・すぐにリアクションする

 

といった皆が快適な時空間を過ごすための配慮です。自分中心ではなく、常に他者を第一義に考える癖付けです。だから他者もそれを感知して共同してくれるわけです。

これは頭の中の理屈ではその暗黙知は掴めないし、身にも付きません。他者とのリアルな気苦労の積み重ねから身に着けるものです。今の若い人に欠落しているのはこの経験のようです。そして悪いことに理屈付けするヘッドトリップ力だけは長けている。

私の師匠は更に以下のことも教えてくれました。

「心の振り子の原則ということを知っておきなさい。これは絶対値ということ。プラス3よりもマイナス5のほうが大きい。器が大きいということだ。知性偏重は方角ばかりを気にしてプラスばかりを考える。実際は大きく拒絶できる人ほどそれに合わせて大きく愛せる。人との距離感が上手い人は懐も深い。そういった人の器を見いだせる力を身につけることが成長には最も重要なことである。それには自らを大きくしようと無理をするのではなく、そういう人と思う人に数多く接触して、当たりはずれを経験し、そういった人から身をもって学ぶことだ」。

私はこの年になってやはり大きく拒絶する度胸がなかったと深く内省しています。それが今一つ大物になれなかった理由だと振り返っています。50代の方々より若い人はまだまだ繊細さを身に着け、品性を磨く機会や出会いは一杯あります。しっかりと意を正して精進していって下さいますと幸いです。社会人として重要なのは知性ではなく品性です。

品性下劣な医者、弁護士。一杯います。企業の幹部も知性偏重での評価が故に品性に欠ける人が企業を苦境に追いやっています。これからの日本を巻替えさせれるのは、何よりも品性が高邁な人です。逃避のヴァレンシーは品性の未熟さから生まれます。

品性に着眼して品性を磨く。組織ももっとそこを育成の中心にしていかない限り、イノベーションは成しえないことでしょう。

 

では来週もよろしくお願い申し上げます。

 

さて皆さんは「ソモサン」?