• 組織の<重さ>とOD①~なぜ組織の<重さ>なのか1 組織開発(OD)の実践って、どうするの?-230~

組織の<重さ>とOD①~なぜ組織の<重さ>なのか1 組織開発(OD)の実践って、どうするの?-230~

「組織の<重さ>:日本的企業組織の再点検」は、2007年8月22日に初版発行された、副題にあるように、中々浮上しない日本の企業組織の問題を鋭く抉った、綿密な調査・分析による問題提起の文献です。著者は、一橋大学の沼上幹、軽部大、加藤俊彦、田中一弘、島本実の各氏です。この本は、組織開発(OD)を云々する本ではありませんが、日本の企業の変革や組織開発を実践する上で理解しておきたい現状が詳しく述べられています。それも観念論ではなく調査・分析に基づくデータとして問題提起されています。日本の組織開発(OD)は概ねアメリカ経由で入ってきていますが、当然のごとくその経路におけるODは、アメリカの文化と企業組織に対する研究者の問題認識を前提にしています。従って、日本で組織開発(OD)を実践するなら、日本組織の特徴や課題を前提にして実施していく必要があります。組織の<重さ>は、それに対して非常に多くの示唆を与えてくれます。20年程前のデータに基づく本ですが、書かれてある内容は今でもそれほど変わっていないと思います。むしろ、もっと症状が進んでいるかもしれません。では、みなさんと共に組織の<重さ>の中に入っていくことにしましょう。

 

この研究は、2003年から始まる一橋大学院商学研究科の「組織の<重さ>プロジェクト」が遂行してきたものですが、1年半にわたるテーマ設定と質問票開発作業の後、2004年から第1回調査の質問表が回収され、2005年からデータ解析がスタートしています。

皆さんの中には「うちの組織って<重い>な」とお感じになることもあるかと思います。例えば、意思決定がなかなかできないとか、決めたことがなかなか実行できないとか、要するにグダグダした状態になっていると感じることってありますよね。「検討します。調整します。善処します。」という言葉ばかり出てきて、何も前進しない。組織の<重さ>プロジェクトは、そんな問題認識からスタートしています。本に沿って言えば、プロジェクトの開始理由は以下のように説明されています。第一に、かつては日本企業(組織)の強みであると思われてきたものが、現在は機能不全に陥っている。そしてその根源には組織構造・組織特性の問題がある。第二に、組織構造・組織特性の問題を明らかにしなければならないのに、日本の学界には、その実証研究が不足している。というものです。そこでまず、日本企業の強みとは何か、それを研究者たちはどのように捉えていたのかを「組織の<重さ>」からそのまま引用します。(P3~P4)

『しかし、このような多様性(組織の<重さ>で指摘している日本組織のさまざまな特徴のこと:詳しくは本文参照)にも関わらず、(中略)日本企業の強みの源泉は、企業内に発達した横のネットワークを基盤としてミドル・マネジメントたちが自由闊達に議論を戦わせ、綿密なコミュニケーションを取りながら戦略を生成し、その実行にコミットメントしていくものだったのではないかと思われる。終身雇用あるいは長期雇用の下で発達する「共同体」的な従業員たちの中で、コアとなるミドル・マネジメントが戦略の策定と実行の両面で互いに協力し合いながら仕事を進めていく。またトップマネジメントは、そのように行動するミドルたちに大まかな方向性を示しながらも、行動の自由度を大幅に与え、自由闊達な共同体の運営・発展を側面からサポートする。(中略)たとえ戦略的なグランドデザインを持っていなくても、現場に近いミドル層がタテ・ヨコ・ナナメに密接な相互作用を行うことで、積み上げ的な革新や新規事業展開が促進され、現場に近いところで環境と経営資源のマッチングが適切に行われ、結果的に優れた事業展開のパターンが創発される。この「創発戦略:emergent strategy」をミドル・マネジメント層が組織内外の相互作用・相互調整を通じて創出し実行してきたことが日本企業の強みの秘訣であり、それを支えるミドルたちの組織内相互作用プロセスが強さの源泉である』

この認識は、「失敗の本質(1984)」で指摘されていた日本軍の人的ネットワークを土台にした戦略立案と遂行の体質(現場での調整による立案と実行)とそんなに変わらないじゃないか、と思うのは私だけでしょうか。

 

組織の<重さ>研究の著者たちは、このような組織メンバーたちの濃密な相互作用を通じた創発戦略と実行こそが日本企業の強みであるという認識を共有させた主要な業績の一つは、1983年に出版された「日米企業の経営比較:加護野他」であったと思われると指摘しています。同書は、コンティンジェンシー理論を基本フレームワークとして用いながら、日米の主要企業に関する戦略・組織の両面に包括的な実証研究をした成果として出版されています。この比較を通して、

  • 日本企業は生産現場のオペレーションを中核とした競争優位を重視。アメリカ企業は製品戦略を基礎に置いた競争優位を志向している。
  • 日米両国とも、優良企業は価値・情報の共有を中心とした濃密な相互作用(グループ・ダイナミクス)を重視。かつ、ルールや計画による組織統合(ビュロクラティック・ダイナミクス)も重視している。

という発見をもたらしました。ところが、「日米企業の経営比較」では、日本企業が目指すべき方向として最終的に強調するメッセージからは、組織統合(ビュロクラティック・ダイナミクス)の議論が薄れていきます。1年後(1984年)に出版されている「失敗の本質」では組織統合(ビュロクラティック・ダイナミクス)の重要性が指摘されていたのですが、結果としてはこの議論は、研究者や日本企業の中では重視されなかったのです。その後も、多くの研究者たちが、濃密な相互作用(グループ・ダイナミクス)が日本企業の競争力の源であるという研究成果を発表しています(Imai et al 1985、Nonaka 1988など)。この視点は2000年頃まで支配的であったようです。とはいえ、創発プロセスの弱点を指摘した論もあるわけで、加護野他は1983年に既に、ミドルの相互作用を通じた戦略創発プロセスでは、大規模な変化への適応が難しいことを指摘しています。また、加護野氏は1993年の時点で、社内に競争を促進する職能別事業部制が、過剰な労働時間の長さを生んでいること、また内向きの調整に時間を取られすぎることを指摘しています。このような、マイナスの面に関する指摘があるにも関わらず、日本企業の戦略・組織研究の中では、日本企業の創発プロセスのメリットの方が強調されてきたのです。ところが当時は、それを促進あるいは阻害する要因についての研究はほとんどなされていないのです。組織の<重さ>研究では、このことについて以下のように指摘しています。

『おそらく、この創発戦略を生み出し、実行する組織プロセスは、ミドルのイニシアティブによって駆動される自然発生的なものであるから、それを抑え込むような強権的な介入さえしなければ問題は発生しないはずだ。と皆が信じてきたのではなかろうか』

これは、日本における組織論に留まらず、リーダーの在り方(リーダーシップ)に対するパラダイムが大きく影響しているように思われます。要するに「根が深い問題」であるといわざるを得ません。組織の<重さ>研究は、このようなパラダイムに挑戦している研究です。面白くなってきました。(続く)

参考文献:組織の<重さ>2007

 

この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株)波多江嘉之です。