• その後の“いきなり!ステーキ”の経営を参考に、経営者のリーダーシップや器と云うことを改めて考える

その後の“いきなり!ステーキ”の経営を参考に、経営者のリーダーシップや器と云うことを改めて考える

以前テーマとして取り上げさせて頂きましたステーキ専門店の「いきなり!ステーキ」を運営するペッパーフードサービスが相当の経営危機に瀕しているそうです。2019年12月期に営業赤字に転落した上、新型コロナウイルスが追い打ちをかけて青息吐息になっているとのこと。果たしてこの状態から復活できるのか、財務系コンサルタントの川口 宏之氏が財務数値をもとに検証されていますのでそれを引用させていただきながら後日談的に考察させて頂きたいと思います。

 

まず顕著なのは、2019年12月期に売上の伸び率が急失速しているにも拘らず相変わらず加速度的に店舗数を増やしていますが、一店舗当たりの売上高は徐々に鈍化しているということです。前回のブログで紹介した「自分のロマンを基軸にそれをひたすら顧客に普及したい(良いものは良い)」という社長の思いを元に、ひたすら成長を見越して大量出店する一手に戦略を集中して活動し、合わせて従業員も増やしていったわけですが、結局は大量出店が過剰供給を招き店舗同士が同じ商圏内で顧客を奪い合う「共食い」を生んでしまったようです。

加えて「やっぱりステーキ」など、同じコンセプトのライバル店の出現によって更に競争が激化していったのも業績悪化に拍車をかけたようです。経営の常識として店舗の家賃や人件費といった固定費が売上高の急ブレーキといった変動に対応できないというのは当然の話ですが、結果として粗利益が販管費を下回って営業利益がマイナスに転落してしまったようです。更には減損対象となる不採算店舗も大量に発生し、これによって最終利益も27億円という大赤字となってしまったようです。

 

ともあれ、こういった施策によって安全性を表す自己資本比率が徐々に低下し、2019年12月末時点ではわずか2.0%となっていたようです。この数値を見る限り、一歩間違えれば債務超過に転落するほど安全性は低下しているわけです。川口氏によれば、ここまで自己資本比率が低下した原因は二つあるようで、まず最終赤字27億円によって自己資本が目減りしたことは必然としても、もう一つが事業拡大のための借入金増加によるものというのは専門家でなくても驚くばかりです。

川口氏の検証によれば、2015年12月末時点では9億円しかなかった有利子負債が直近では82億円にまで膨らんでいるのだそうです。まさにイケイケドンドン。私的には博打で負けを取り返すのに更に金をつぎ込んでいる状態が頭に浮かんできます。

 

もちろん経営の気概として、自己資本が充実してから出店したのでは事業のスピード感が出ず、ビジネスチャンスを失ってしまうこともありますから、借金自体が悪いわけではありません。一般に銀行借入などを積極的に活用して新規出店などの投資に充てて事業を加速させるのは、別に間違った経営判断とは云えないわけですが、ここで問題になるのは、業績が悪化した理由がしっかりと分析されたうえでの経営的な判断だったかどうかです。

川口氏によれば、連結キャッシュ・フロー計算書では投資C/Fのマイナスが年々過剰になっており、しかも財務C/Fが5年連続でプラスになっているようで、これは外部からの資金を新規出店にどんどん振り向けていることが読み取れるのだそうです(借金し、手元資金が増えると財務C/Fはプラスになります)。またどうやら短期的な支払い能力を表す流動比率も50.2%と低迷しているそうです。

飲食業としては100%を割ることは珍しくはないというのは私も知っていますが、この数字は前期と比べると大幅に下落しているとのことです。実にキャッシュ残高が67億円から24億円と、この1年で半分以下にまで減少しているようです。

 

~人の話に耳を傾ける大切さ~

こういった分析を見る限り、事業家として攻めの姿勢とポジティブな思考を持っているのは分かりますが、果たしてもう一つの資質として客観的な人の助言に耳を傾けるという賢明さがあったか否かは、先のすかいらーくグループの社長とのやり取りを振り返る限りはてなマークが付くところです。科学とは論理的にデータベースで思考することです。論理とは思いの強さから自分の思考が主観に陥り、アンコンシャスなバイアスになっていないかを内観できる力に直結しています。

経営は「科学に仕え哲学を具現化する活動」です。哲学がない経営も問題ですが、科学のない経営も問題です。重要なのは哲学を合理化するための科学ではなく、科学に立脚した哲学であることです。それには思いは持ちながらも、常に客観的に自分の思いを検証できる自律心が経営者にあるかどうかです。

私は本当の意味で「頭が良い」とはこういった「教養がある意思を持っていることである」と考えています。幾ら筋道だった思考が出来ても、その前提にバイアスが掛かっていては、東京から大阪に行くのに東北新幹線に乗ってしまったのに等しいと云えます。であれば未だ在来線の方が戻ってきやすいわけです。

筋立った思考能力以前に、前提となる方向づけを間違えない発想ができる能力が大事ということです。こういった教養的な思考は多様なものの見方や考え方が出来るか醸成されるものです。そしてそれを培うのはリベラル・アーツを身に着けることですが、現代のような情報が俊敏であふれる時代においては自力では限界があります。それを補うのは「人の話に耳を傾けること」です。すかいらーくの社長との対談を見るに誠に残念な限りです。

最近有名プロダクションを辞めたタレントに対して先輩が「彼は人の云うことが耳に入らない」といった苦言を呈していましたが、「何でも大声でハイというしか応えられないその人に、返事を使い分けろと助言したら、その場でハイと大声で返された」というまさに笑い話のようなシーンを思い浮かべるような感じがしています。この話も同様な根っこですが、どちらにおいても「俺は正しいんだ」「今に見ていろ」といった按配で、先の若手タレントとイメージがダブってきます。

こういった態度自体がこの経営者の思考態度とダブってきます。自分の思いを喧伝するのは良いとして、自分は正しい、それを知らしめたいという「俺が、俺が」というこの経営者の利己的な行動の顛末が如実に出ている結果が現状であると見るのは私の捉え方のバイアスでしょうか。

~事業売却のその後は~

現在この会社では6月1日に新会社を設立してペッパーランチ事業を新会社に移管した上、7月3日の発表ではペッパーランチ事業を投資ファンドに売却するそうです。適時開示資料には「意思決定の迅速化」や「機動的な事業運営」が目的であると謳ってあるそうですが、新会社の経営陣の4名は、ペッパーフードサービスの社長、副社長、専務、常勤監査役という顔ぶれのようで、実態は何も変わらず単に法人を分けただけのようです。

川口氏によれば、この活動は単に売却しやすくために分社化したことが想定されるそうですが、加えてこの会社では新会社設立と同日に取引先であるエスフーズの村上真之助社長から20億円の借入れも行ったようです。この借入れの返済期日は7月末となっているそうですが、わずか2カ月という超短期の奇妙な借入れは、ペッパーランチ事業の売却収入を見越してのつなぎ融資だったことが見て取れるそうです。

このことは見方を変えれば、そんなわずかな期間でも資金ショートのリスクがあったとも云えるそうで、この活動においてはエスフーズとしてではなく村上氏個人からの借入れということで、私から見てもかなり異例に映ります。何故ならば銀行から融資を受けられる状況でないと判断できるからです。川口氏は、エスフーズとしても許容できない程の貸倒れリスクがあったからと解釈することもできると云っています。

更には今年1月に新株予約権を発行したものの株価の低迷で思うように権利行使が進まず、当初予定した資金を手にすることができていないことも村上氏に頼らざるを得ないきっかけになったはずだ、と川口氏は見ています。

いずれ資金繰り的に見れば、ペッパーランチ事業の売却で85億~102億円の資金が入りますし、綱渡り状態は一息つけるでしょう。そして売却益は少なくとも70億円になるというので自己資本比率も20%ぐらいに回復すると思われます。

 

さてここからが味噌です。ではペッパーランチ事業を切り売りした後のペッパーフードサービスはどうなるのかということです。直近の売上高の内訳を見ると、ペッパーランチ事業の売上高は全体の13%しかないわけです。分社化によって移管した資産と負債も全体の10分の1にも満たないわけですから、ペッパーランチ事業売却後も事業規模的にみるとそれほど大きな変化はありません。

しかしペッパーランチ事業は毎年12億~13億円の利益を稼いできた安定事業であり、利益率は13.9%もあったわけです。いきなり!ステーキ事業の3.4%とは比較にならないくらい収益性が高かったわけです。それを手放すということは、今後は更にいきなり!ステーキ事業のみに依存した一本足打法となるということです。

いきなり!ステーキは元々高級ステーキ肉を割安価格で提供するというコンセプトの業態ですから、必然的に利益率は同業他社と比べて低いわけです。それをカバーするのが回転率の高さです。現に直近の総資産回転率は2.4回もあって飲食業の中でも抜群に高い数値です。しかし裏を返せば回転率が低迷すると十分な利益が得られないということです。それにはまずお客さんがお店に足を運んでくれなければなりません。窮地を脱するため、とにかく今は徹底した事業のスリム化というのは確かでしょう。

当面は売上を大幅に減らしてでも利益が出るような縮小均衡が打つ手になると思います。国内114店の店舗閉鎖と希望退職者200名の募集を行うなど、大胆なリストラに舵を切る方針を打ち出しています。川口氏によれば、2018年12月期は38億円の営業黒字だったので当時と同じ規模に戻れば縮小均衡するという“読み”をしているのだろうという事です。

そこまでは良いです。経営として重要なのは今後顧客を回転率確保まで呼び戻せるかどうかです。ただでさえコロナ禍で外食の客足は減っています。そして最大のポイントとしていきなり!ステーキはリピート需要の段階に入っているということです。このハードルに対する傾向は既にコロナ禍の前から始まっていた話です。ここですかいらーくの社長の助言が大きな意味を持ってきます。「私は顧客の声に耳を傾けて、顧客本位で事業の展開を変えてきた」という先人の体験的な声です。

 

今いきなり!ステーキの体験者である顧客は以下のような声を抱いています。

『余りにも、最初の出だしの良さに気を良くしすぎた。今行ってみれば、硬い生焼けの肉を出されるだけ。この社長は「俺が、俺が」タイプで視野が狭い。ホント会社ってトップの人間性と判断力で決まる。大宮では店舗火災で隣家まで焼き上げたが、この出来事はこの企業の運営と調理場の管理と安全衛生に問題があった証明だったのかもしれない。』

『立ち食いでステーキがすぐに好きなだけ食べれる店が新橋に出来たから体験しに行ってみた。次に、家の近所に出来た店に行ったら座席があったので、肉が好きな奥さんと夫婦で何度か食べた。単調な味、日本語が殆ど通じない外国人の店員、落ち着かない座席。夫婦で一回5000円。膨満感の割に満足感は低く店で食べなくなった。テイクアウトに気づき、ゆっくり家で食べれるならと何度か買ってみた。

コーンをブロッコリーに変えられると聞き、お願いしたが3回連続でコーンを間違えてつけられた。待たされるのも含め「苦痛な体験」になった。スーパーで買って自分で焼いたほうがマシだしテイクアウトは他にもある。その後、会社の近くや自分の行動圏に店がいくつも出店した。出店し過ぎでヤバいと思った。程なくして、社長が、店が潰れるから食べに来てくれと言い出した。そういう問題ではないだろうと思った。』

こういった声に対して、「貴方が食べたまずい肉はワイルド・ステーキだろう。それ以上の肉を食べればまずくはない。」という反論がありました。この人は「では端からワイルド・ステーキはまずいのは承知で出しているのか。」という外食や本来の姿勢がすっ飛んだ意見になっていることに気付いていません。

 

世の中には安ければそれで良いというお客さんがいるのも確かです。しかし私はかつて野家さんの研修で、冒頭、当時の社長阿部さんが挨拶した野家の三つのモットー「早い、安い、そして美味しい」は外食の基本で、これは売りでも何でもない。このモットーが知られた時代、あまりに世間が貧しくてお客さんが我慢していただけなのを歓迎されたのであって、これは本来常識である、という言葉は経営者としての思いとしてある意味前提であると思っています。

特に今の時代まずいものを出すということを前提とする従業員がいることは、それ自体教育不足か、やはりそれ以上に経営者の姿勢が問われるということから目を背けるわけにはいかないと考えるところです。事業家としての勇気や行動力は認めるところですし、ここまで成功しているところも尊敬に値します。しかし経営は変化に対応する活動です。かつて稲盛さんも永盛さんもこの企業成長と使命の変化に戸惑い、そしてそれを乗り越えていったことを自伝的に紹介されています。

組織の成長は個人の成長を上回った速度で進んでいきます。事業家が経営者として成功出来ないポイントはここにあります。ベンチャー企業の経営者の多くはこの轍に陥って短期で消えていってしまいます。アップルのジョブズ氏もここで苦しみました。これを乗り切るには敏腕な側近(自分に箴言してくれるガイな存在)を得るか、自分自身の経営に対する視点や視座を如何に高めるかです。

論理力を磨くといった低次元の話ではありません。いきなり!ステーキの社長も一段上の次元に意思やモノの見方考え方をアップされて、今太閤を実現されて頂ければ良いのですが。

 

さて、皆さんは「ソモサン」