思考とそれを左右する感情のあり方を考える ~ソモサン第274回 ~

分析思考は制御可能だが予測思考は・・・・

前回「分析思考」「予測思考」についてのお話をさせて頂きましたが、今一つピンとこない方(特に分析思考の方)に向けてもう少し違いを深堀りしておきたいと思います。ビジネスの世界では経営の収支を分数で表現するというのはご存じの方も多いことと思います。そして分母が係る諸資源(コスト)とし、分子を収益(儲け)として、より少ない分母数字でより多くの分子数字を出すのが経営効率が高い状態であると説明します。6分の4よりも5分の4の方が、或いは6分の4よりも6分の5のほうが経営効率が良いというわけです。この下と上の数字を見た場合、明快なのは経営諸資源(ヒト・モノ・カネ)と称される下の数字は明確化しやすいということです。今ひとつ好ましい数字にならない場合、その原因を分析的に追求し、その主因となっている要素を改善すれば問題は解決されていきます。投資する要素のパターンはある程度読めるし、自己制御できます。ですから分析的に問題点を追求してそのポイントに手を打てばかなりの効果が捻出できることになります。こういった場合、分析思考は絶大な威力を発揮してきます。それでは分子の方を考えてみましょう。分子の数字は様々な要因が不明確に絡んでいます。分母における投資はあくまでも過去に行った確定的な数字ですから分析は容易ですが、分子で算出される成果は未来での不確定な数字ですから、

 

幾ら分析したところでその把握は困難

 

です。

 

何が原因で成果の数字になるかは想像の域を超えることはありません。分析とは現象に関わる構成要素を分解してその中から問題に関わる因子を見出すアプローチです。そしてそこに手を打つことで現象の状況をより良くするのが分析的なアプローチと云えます。その際に論理展開の論拠として梃子にするのが過去に実証されたり証明された必然としての原理原則を用いた演繹法という思考法です。時には演繹法のように論拠をいきなり原理原則に照らし合わせるのではありませんが、事実データを集積していきながら、最終的には共通項として見いだせる原理原則を当て嵌めて論拠にする帰納法という思考法も合わせながら分析思考は展開されていきます。

分析思考の特徴は、まず問題を認識した際には必ずその原因となる因果律や照準となる構成要素があると定義することです。そしてその解法にこれまでの原理原則や経験則と云った過去の前例を適応するということです。確かに世の中の多くの事象は自然法則の上で同様のことが繰り返されますから分析思考はそれなりの効果や説得力を持ったアプローチと云えます。そして学校教育はその指針として万人に対して同レベルの教養を身に着けさせることを目的にうたっていますから、マイナスを無くし、全てをゼロベースに揃えるという価値観が故に、内容的には原理原則の正しい習得とその利用展開に主眼を置いたものになっています。それは「当たり前を当たり前に」ということで、例外は極力排除したものになります。従って数学にしても物理や化学にしても、その内容は原理原則の使いこなし方であり、学校秀才というのはその処理能力に秀でた者ということになります。実際難関大学とか難関受験という定義は原理原則の記憶量とその適応技術の思考回転力を問うところになっています。これは経営効率でいうところの分母処理力の高い人材の要請という観点では卓越したアプローチになっています。コストダウンや生産性改善の追求といった世界です。全員を示すものではありませんが、高学歴を採用するということが意味するのは分母人材を増やすということに他なりません。採用後に別の思考法の教育が為されないのであれば尚更です。

予測思考はなぜ育たない?

ところで皆さん。問題とは分析的に見た場合、因果律として必ず原因を特定出来たり、要素分解自体が可能なものばかりなのでしょうか。原因が要素ではなく、要素間の関係の領域やバランスの中にあった場合どうアプローチすれば良いでしょうか。或いはその原因的な要素を特定したところで、そこにメスを入れれば、またそれが要素還元されて全体は元のように、より効率的に稼働するのでしょうか。「手術は成功したが患者は亡くなった」ということは起こらないのでしょうか。はたまた幾ら分析を内的にかけても、外的関係の中で分析改善が全く収益に効果をもたらさなかった場合にどうすれば良いのでしょうか。これまでの原理原則以外の論拠が発現して、それが分子の数字に決定打をもたらしている場合、どう手を打ちますか。

お分かりの通り、イノベーションは、幾ら原因を追求しても答えはありません。

 

イノベーションを生み出すのは 「機会開発」のアプローチ であり、

それを生み出すのが「予測思考」です。

 

予測思考とは「全体を包括に捉え、本質を直観し、先を見透す」思考です。ここでいう直観とは「対問題、対状況、対人」といった対象に向けて洞察と共感という感受性を働かせ、多種な情報を感知しながら必要な要素を選りすぐって独自の論理を組み立てるセンサーのようなものです。「想像性」や「創造性」などがこの典型です。自分なりのフレーム(哲学観)を持って、思考を分析的に収束させるのではなく、イメージとして拡張していく思考法が予測思考です。人によっては「閃き」と表現する人もいますが、脳力的には右脳、芸術脳といわれる領域でのイメージワーキングが中核的働きになります。

人は誰しも左脳としての分析思考と右脳としての予測思考の両者を過不足なく有して生まれ出てきます。これがバランスを失うのは第一次成長期に始まります。親の影響です。親が左脳を重視したアプローチをすれば右脳の発育は減退します。

 

その一つが 「理屈の押し付け」「親の価値観の押し付け」 です。

そしてもう一つが ネグレクト です。右脳たる予測思考は拡張的な脳作用であり、それはポジティブな感情によって後押しされます。ネグレクトは最も大事な時に脳内の感情領域を発育不全に貶めます。

 

これは ネガティブなアプローチも同様 です。必要以上の躾が歪んで縮こまった思考を生み出すのは周知の話です。社会としての矯正は大事ですが、意味のない型はめは創造性や独自性を破壊します。良く「子どものため」といった口実で自分の価値観を押し付けた親による「子どものペット化」の悲劇というのがありますが、こういった場合に最も傷められるのが「創造性」「独自性」といった「拡張的な予測思考」です。

 

何よりもネガティブは「拡張思考」を挫滅させます。そもそも「何故だ」という問いかけはネガティブ基調になります。人は本来安定を望む存在です。「何故」という疑問的な問いかけは「現状を否定する意味合い」を持ちます。無論自ら自己改革を望む人が自問自答的に「何故」を使うのは効果的です。自らバランスを崩すには有効な問いかけになります。しかし事前の心構えのない中で、しかも他人から「何故」と問われるのは非常に否定的に映ります。「何故」はある意味心病ませる言葉にもなります。自分が良いからといって安易に人に向ける言葉遣いではありません。これも右脳が未発達な人、人に寄り添えない人には今ひとつ分からない領域です。

一方、この「何故」はクリティカル(批評的、探究的)な言葉として「分析思考」では要となる言葉遣いです。分析思考に偏重した人や分析思考にのみ浸った人は大好きな言葉になります。そう、分析思考に餌付けされた現代のパワーエリート(難関大人材)は感情面では非常にネガティブで「何故」アプローチを多用します。そんな影響下で創造性や予測思考が発動するとしたらそれは奇跡です。

当然の話しですが、予測思考を発動させ、

 

イノベーションを誘引させたいならば、まずは感情的にポジティブな場を生み出すこと

 

です。

 

それには「何故」とか「出来ない」といった否定的な言葉を使わないこと、そういった空気を出さないことです。ネガティブに育った自分を下に伝播しないことです。

私の好きな作曲家に「梶浦由記」という方がいます。年末に彼女のドキュメンタリーをやっていましたが、非常に感銘されたのは常にポジティブであるということです。また他人への声掛けも徹底してポジティブです。歌い手に対しても前提は「エクセレント」です。そして自分からの依頼も「〇〇という部分は私はこう描いているけど貴方ならどう?」という問いかけです。演者にインタビューすると「95%は自分たちに任せてくれている。だから自分たちもオーナーシップを持って積極的に関わる気になる」ということでした。梶浦さんの姿勢は自分のワールドを持ってそれに演者を協力させるのではなく、全てを一緒に作るという発想。だからバックバンドではなく、フロントバンドなのだそうです。とにかく仲間に対しては常に「凄い凄い」です。そして終始ニコニコしています。更にはかなり細かいところまで思いが共有できるように事前準備に妥協をしません。ギリギリまで自分の領分を手掛けます。少々遅刻しても皆それがわかっているので、笑って待っています。まさにチームマネジメントの真髄を見せてもらった感でした。これは中島みゆきさんのドキュメンタリーでも感じた印象でした。これこそ創造性の世界、拡張的予測思考が発揮される空間です。

今の企業の現場はどうでしょうか。私には全くこの真逆のように思えます。感情のマネジメントがネガティブ一色です。モメンタムの重要性にも目が向かないくらいに谷底状態のように思えます。果たして日本のビジネス界にイノベーションの女神は舞い降りてくれるのでしょうか。私的には論理よりも感情として諦観な思いが強く伸し掛かっています。

まあ人の不幸や人の失敗といった人を物笑いにするようなネガティブ感情からくる笑いが売りであった「お笑い界」の潮流が変わり始めているのは未来予測において良い兆しとは歓迎しているのですが。皆さんは如何でしょうか。

では来週もよろしくお願い申し上げます。

 

さて皆さんは「ソモサン」?