レジリエンスの世界

メンタルヘルスから始まったレジリエンス研究

以前レジリエンスの話に触れましたが、もう少し深堀してみたいと思います。レジリエンスというのは、本来は物理学用語でストレス(これも物理学用語で圧のこと)に対する復元力を言い、建設業界等では一般に使われていた言葉でした。それが最近心理学でも使われるようになり、逆境や心理的なストレスから回復する力として、主にメンタルヘルスの分野から普及し始めました。

それが徐々に「折れにくい心」に転用され、最近では「セルフモチベーションできる力」という意味においても使われるようになって来ました。今やレジリエンスは企業人や組織人にとっての基礎力として中核的な位置付けに捉えられてきています。

日本の歴史が物語る『感情欠落社会』

現代のようなストレス社会において「うつ病」が蔓延する中での人財力の逸失もさることながら、幼少期からの教育弊害で境界性パーソナリティ障害を抱える人が 組織内に数多く潜在する実態やその反面で感情障害的に仕事や対人に無気力であったり、何事においても消極的で冷めた若手が蔓延してきている実態は、まさに 企業の生産性において死活の問題になってきているからです。ではレジリエンスとは具体的に何なのでしょうか。

一言でいうと「感情のコントロール」或いは「感情のマネジメント」のことです。感情をコントロールするというのは、単に激情や情動を押さえ込むばかりのものではありません。時には自分を奮い立たせたり、盛り上げる場合にも必要になります。

日本では敗戦以降、感情的行動の失敗を嫌うあまり、また実証主義的な西洋文化に教育感化されるあまり、感情反応は理解が難しくまたやや品位に欠ける存在として論理偏重の価値観が形成された感があり、それを敬遠する人もいますが、前回書きましたように感情は人間にとって基幹的な領域です。

扱われにくいノーエビデンス

しかし世の風潮に流されるなかで徐々に感情が軽視されるにつれて、その感情によって様々な問題がもたらされ始めると同時に、その深刻さが増していっているように思われます。それにしても感情のコントロールができないことがもたらす弊害がこれ程までにクローズアップされるなかで、どうして問題は看過されてきたのでしょうか。

これは実証主義が蔓延するなかで、20世紀までは感情を含む、「心の世界」が科学の研究対象にならなかったことに大きな原因があると思われます。「心の世界」は世界中で理科系ではなく文化系の学問であり、それは文字や言語で表現され理解される領域の世界だけで主題とされてきました。

科学は言語よりも実証を重んじます。実証にはまず仮説が立てられ、実験が行われ、再現性のあるデータが集められ、それを演繹的、帰納的にエビデンスに照らして考察し、新しい理論として構築されます。そしてこのプロセスを繰り返すことから論理体型が確定されます。世の中が実証主義に染まっているのは、私も良く仕事で提示した見解や提案に対して、すぐに「そのエビデンスは?」と問われることから実感するところです。しかしこれまで「心の問題」はエビデンスを獲得するための実験が使えないために研究対象にできませんでした。心は人間固有のものですから、動物実験ではデータは得られません。人間自身を被験者にして実験データを取る以外に方法がなかったわけです。

科学の進歩により『心の問題』の解決への糸口が見つかる

それが今日では科学技術の急速な進歩によって、人の脳に傷をつけずに解析ができるようになってきて、次第に「心の世界」を科学できるようになってきました。

例えば、人の感情は脳内のどういう回路のどういう活動によって起きているのか、が分かるようになってきたのです。そうなると俄然「心の世界」特に感情を科学することに焦点が当たってきました。現在では「瞑想」による呼吸法によって脳内に特別なα波が現れて、大脳皮質が鎮静し、心理的に緊張、不安、抑うつ、敵意といったネガティブな気分が改善され、元気な心が現れたり、また前頭前野が活発化して、意欲、集中力、直感力が上昇することが分かってきています。これは脳内でセロトニンの分泌が活性化されることが原因である、といったエビデンスが取れるようになってきています。こういった科学の発展によって、最近では「うつ病」における認知行動療法などが保険適応される動きにも繋がってきています。

そういったことから本当にごく最近になってレジリエンスやその開発に対しても大きな期待と関心が向けられるようになってきているわけです。しかしそのために眉唾物のアプローチや中途半端な理解と技術による成果に繋がらないアプローチも暗躍し始めています。現在感情に影響するのは、意欲や快感情を何らかの報酬によって発現させるドーパミン、注意や集中、不安、緊張をストレスによって発現させるノルアドレナリ ン、そしてドーパミンやノルアドレナリンを抑制したり、調整して平常心を発現させるセロトニンという3つのホルモンであることが分かってきていますが、その方法ではこういったホルモンは発現しない、とかそれだけのアプローチでは短期的な処置的行為になってしまうといった内容のプログラムがブームに乗った形で巷に吹き荒れ始めています。これは展開する組織の大小や有名無名に関わりません。

名前や規模に目眩ましされて、安易に導入し、その効果性の乏しさからレジリエンス自体に懐疑的になり、この重要な取り組みが一過性の本当の意味でのブームに貶められないことを切に祈る毎日です。