組織が生産性を上げるための3つのサブシステムを管理する

先だってあるプロセッシング(加工)領域の技術エンジニアの方とお話しさせて頂いた時の話題です。「今日本の5本指に入る重工業の工場現場でプロセッシングの技術コンサルティングをしているのですが、本来依頼されている内容以外のところに問題があって苦慮している」というのがその骨子です。

 

この方は国内では結構名の通った方で、業界では業(わざ)師として知られています。今回の案件は対象となる会社において国からの発注で受けた加工が納期や品質ともに他社にいま一つ及ばず、国自体も国際プロジェクトの案件なので、何とかして他国に迷惑が掛からないようにしなければならないということで国からオファーがあった仕事なのだそうです。

総額もほぼ一兆円に及ぶ大プロジェクトなのでどの国もどの企業も必死なのだそうですが、現場に赴くと「本当に?」と嘆息するようなことが起きているのだそうです。

 

国からの依頼は、対象となっている会社の技術が他の会社と比して技術力が足りていないので技術指導をしてほしいということだったそうなのですが、エンジニアさんからみると「確かにそれもあるが、それ以上に大きな問題が潜んでいる」ということなのです。

そしてエンジニアさんは「それに組織内の誰も目を向けていない。そもそも関心自体がない。残念なことに国の人も同様なんです」と嘆きます。

 

では技術以外の問題とは一体何なのでしょうか。勘の良い方やソモサンを読み続けて頂いている方には容易に想像がついているものと思われます。

 

技術だけではコトは解決しない~企業活動のミッシングディメンション(見落とされた領域)① 管理システム~

経営学者のウィリアム・ダイヤー氏は企業活動の俯瞰図として3つのサブシステムを紹介しています。企業活動とはタスクプロセスと同義です。タスクプロセスを円滑に動かすには3つのサブシステムが有機的に連動しなければならないという図式です。

 

その3つとは「技術システム」「管理システム」「人間システム」です。生産性に直結するのは一見技術の様だが、その技術は単独のものではなく複数の技術が有機的に絡み合うことから一体的な技術として編み出されます。つまり個々にはどんなに優れた技術であってもそれが機能的に連携しない限り、全体としては劣ってしまうことになりかねません。

その最近の好例が三菱のリージョナルジェット(スペースジェット)の開発です。

とある専門家の考察を引用させていただきます。

「航空機の開発は、防衛機の場合、防衛省が開発予算を提供し、安全面・機能面を含めた仕様の決定と審査を行い、ユーザーとして調達、運用を行う。そのため開発リスクや量産リスクは防衛省が取ることになりますが、民間機の開発は機体メーカー自らが開発予算を獲得し、安全面・機能面での仕様を決定します。

従って開発リスク、量産リスクはメーカーが取ることになります。メーカーとしては世界の空を飛ぶための型式証明を取得する審査をパスできる能力を有しているのは当然として、型式証明取得後にメンテナンスなどの体制を敷くのも責務になります。

そういった中で近年、電子化、電動化の進展やそれに伴う開発費の上昇などによって世界の航空機産業ではサプライヤーの水平統合が進み巨大サプライヤーが生まれてきています。

例えばレイセオンテクノロジーズ(旧UTC)という企業は、M&Aを繰り返した結果として航空機エンジン、アビオニクス、電力システム、機内システムなど航空機に関するあらゆる部品を供給しています。

胴体や翼以外の部分を全て彼らに依存すれば航空機全体が完成してしまうのではないかと思えるくらいの巨大サプライヤーです。

このような巨大サプライヤー群を相手に、型式証明を取得し完成機を市場に送り出す機体メーカーは、巨大サプライヤーの提案通りにシステムを設計すれば良いのではなく、自ら機体やシステムの設計思想を持ち、その設計思想に合致するようサプライヤーを選定し、開発プロセスをコントロールする必要性が求められることになります。

残念ながら日本の航空機産業界のトップである三菱さんであっても、50年間民間機の開発経験がなかったことが災いし、自力で巨大サプライヤーをコントロール(ワーク・パッケージ間の整合)できる機体メーカーになることが難しかったものと予想されます。」

三菱さんではここ数年間元ボンバルディアや元ボーイングなどの外国人OBを迎えて開発体制を強化してきたようですが、時間的にも体力的にも限界が来たことで今回の開発凍結に至ったのが理由だと専門家たちは口を揃えます。

こういった問題は単純な製造技術力というよりも様々な技術を繋ぐ製造管理力の問題だと云えます。かねてから「組織の三菱」と称される管理力には秀でたかの大企業ですらも限界はある様です。

 

ここで少し製造管理力ということに言及をしたいと思います。例えば航空機の場合、胴体と翼と云った部分は全く別のサプライヤーで製造されるのが常です。それを機体メーカーがくっつけるのですが、設計図どおりに製造されているとはいうものの、合体させてみるとインターフェイスが微妙にズレるということは良くあることです。

設計どおりに製造しているのに、主翼と胴体が噛み合わないなんてことがあるのかと不思議に思う人もいるかもしれません。しかし、航空機は現実には空気や慣性力を受けて飛んでいるわけです。自然界の中でその力の伝わり方にはかなり微妙なところがあるのが現実です。

当然机上の理論だけでは限界があるので、最新の解析手法に加えて、現場が現在までに積み上げたノウハウ(暗黙知も含まれます)でカバーしながらやっていくわけです。特に航空機の場合、軽く作るためにギリギリの設計をしていますから、実際に試験をしてみると考えていたとおりの荷重の流れとは少々違う道を通っていってしまうということがごくたまに起きるわけです。

そうすると、「ここはもうちょっと補強しないといけないね」というふうに設計変更を行うことになります。決して教科書に書かれていないような知見を開発現場で積み重ねて独自の技術に練り込んでいくわけです。

これを調整するのはインテグレーターと呼ばれる人々になります。製造上何か問題があれば、インテグレーターの下に、主翼設計のエンジニアと胴体設計のエンジニアが集まって問題点を洗い出し対策を立てながら工程を進めていくということになるわけです。

 

因みに航空機を作るために必要となる要素技術というと、まずは空力設計と構造設計があります。更に装備品の設計として機械装備(メカニカル・システム)、電気装備(アビオニクス・システム)があります。要素技術としては大きく分ければこの4つです。そして、更にそれら全体をまとめる統合設計(インテグレーション)という分野が非常に重要な存在としてあるわけです。

この統合設計(インテグレーション)こそが製造管理の代表的な活動と云えます。

エンジニアは、最初はみなそれぞれの要素技術の中で徹底的に専門性を高めていきます。これが技術システム的な側面です。製造上の問題はこの要素技術上の専門性(知能だけでなく腕前もあります)の脆弱さからもたらされることも確かにあります。

しかし更に他の要素技術への関心不足や知見不足から、関連する他の要素技術をも視野に入れた中で相互の整合を取るということが出来ずにそこから大きな問題が発生するということもあります。

例え知見があっても、チームの中でリーダーシップを発揮できるように訓練がなされておらず行動調整が出来ずに整合が取れない場合もあります。ここでいう技能は、縦に深い専門性と横に広い総合力を組み合わせた「T型」という技能です。

航空機は決して一人では作れません。多種多様な技術の総合力です。自分一人ではなくて、チーム全体でパフォーマンスを出していくのが現場活動の基本になります。これが管理システム的な側面です。

 

技術だけではコトは解決しない~企業活動のミッシングディメンション(見落とされた領域)② 人間システム~

 

国内の後期開発でもこれだけ大変な活動なわけですが、前出の技術エンジニアさんが関わるプロジェクトは国内での航空機開発を超えた世界的な規模です。その管理プロセスも大変なものと思います。

 

さてこの管理システムですがそこには統合設計(インテグレーション)という論理だけではなく、実際に現場で作業する人間としてのエンジニアやワーカー(作業者)が物理的に存在していることを抜きには語れません。

そこにいる彼らは知能や技能のみならず、プライドや防衛心と云った意識を持ち、喜怒哀楽や好き嫌いといった気持ちを持った存在です。その彼らのパフォーマンスが大きく製造工程に影響を及ばすのは、間違いのないところです。

また整合というインテグレーション活動にとって生命線となるのはコミュニケーションです。コミュニケーションとは意思疎通とか情報共有と云った活動ですが、整合としてのパフォーマンスを決定づけるコミュニケーションは、知的情報の共有のみならず、意識の共振や気持ちの共鳴が大きくものを云います。

研究ではコミュニケーションの7割は意識や気持ち面での繋がり、連携が質を決めるという実験結果が出ています。そう信頼とポジティブな対人環境づくりが製造管理の雌雄を決するというのです。これが人間システムの側面です。

 

冒頭の技術エンジニアは云います。

日本の冠たる学校を出て五本の指に入る大手重工業のエンジニアになっている人たちに要素技術の専門性として問題のある人はそうはいない。実際に工場現場に赴くとそれは間違いにない事実である。一人一人と話すと頭の回転は抜群です。

ところが自分自身を含めて「人は何を持って動くか」といった命題には非常に無知無頓着な人が多い。対人的な柔軟さが乏しく、非常に打たれ弱い。防衛的で長い工場現場生活によって視野も狭い。

対人技能が未熟なので傾聴力も弱くて話下手が多い。また特に大きな組織の人は根回しや立ち回りが下手糞で、同調圧力に屈する人も多い。

一見ボロクソに聞こえますが、私も理系出身として学生時代を振り返ると、対人下手な人が多いのは事実で「だから理系になった」、「黙々とモノづくりをしたり研究したりが好きである」、といった種族が周りに一杯居た経験をっています。

 

少し前にこういう出来事があったそうです。

 

「生産スピードも品質も遅々として捗(はかど)らない。やり方もあんな大きな組織なのに旧態依然としている。現場に聞いてみると『分かってはいるが上に物申せない』という。生産性よりも自分の評価や立ち位置が一番の関心ごとになっている。

そして多くの者はそういう環境の中で『どうせやっても無駄。面倒なことは勘弁してほしい』『ヘタうって怒られたり、評価を下げたくない』といった責任意識の状態で、問題意識自体が薄れてしまって来ている。

上は上で『今までも色々と試した。云われたこともかつてやってみた』とか『それでうまくいく保証はあるのか』『内には内にあったやり方がある』『云っても下が云うことを聞かない。下のレベルが低い』といった案配で、その場では『確かにおっしゃる通りなんですよ』と返事しながら馬耳東風である。

年齢的に技能が劣ってきているのは感じているのか、歪んだ組織風土に染まってこれまでを築いたからか、面子があって素直に聞かない。まして力が衰えているということが知られたくないので、新しいことに踏み出せないといった状態が続いている」。

現実納期に追い込まれる中で少しずつはアドバイスを生かす取り組みの気配を見せてくれてはいるが、このままでは全く間に合わないといった状態なのだそうです。

 

ここまで読めば皆さん誰しもおわかりでしょう。この製造工程での問題はその殆どが人間システムによっているということが。ところがそこに問題があるということ自体に現場は気が付かない、眼中にないということがこの問題の解決をよりややこしく、難しいものにしているわけです。

 

 

企業サバイバルの命運をわける「心」というテーマ

発注した国の人はどうかって?

 

ご存じの人も多いでしょうが、国には文官と技官とがいます。こういった問題に携わるのは大体技官です。つまり国の担当者も技術システムには関心があっても人間システムには関心がほとんどありません。特に国のような官僚システムではこういったことへの苦労は殆ど経験してきません。上級ほどそうです(これは自分の父親を見ていても感じるところです)。

実際技術エンジニアさんは二言目には「技術的にサポートすれば問題は解決するはずだ」と賜られるそうです。彼らにとっては理が通れば物事は進むというのが全てなのでしょう。例え机上論と揶揄されても経験のないことは分かりません。まあエリートの特徴です。

 

ともあれ人間システムの社会的な認知の壁はかなり高いものです。認知が低いということは価値が見いだせないということに繋がります。実際にはこのシステムにおける問題解決が多大な生産性の改善を生み出しているのにも関わらず、副産物程度の認知では評価は上がりません。評価がないということは対価も低いということになります。

目に見えないものには価値が算段できない。最近ようやくサービスは有料だという認知は上がってきています。時にはソフトウェアがハードウェアよりも高価であるという事象も出てきていました。

しかし人間システムに対するメンテナンスプロセスの支援は未だ日の目を浴びているとは云えません。先の技術エンジニアさんの仕事など一兆に迫る金額が掛かっています。少なくとも数百億の経費に影響する話です。

技術エンジニアさんによりますと、事実技術指導による機械面での生産上昇は約20%。しかし工程のコミュニケーション改善や人間的側面でのパフォーマンス改善だと50%の生産上昇が見込まれると試算されています。

それでも今回のフィーは1千万行くか行かないか、なのだそうです。

私の仕事に至っては、時に無料同然に見積もられる場合も多々あります。それ位は営業の一貫だろうといった具合です。

 

モノづくりにおいては世界単位での競争の中、高品質高価格か大量生産低価格かに二分化されていきます。日本が前者の中で生きていかざるを得ないのは自明の理です。それにはソフトの価値を認知できる力が鍵になります。

フランスやイタリアのようなブランドが何故日本で出せないのか。ここにもこの認知の遅れが影響しています。少なくともソフトは量産は効きません。たくさんやるから安くしろというような価値観の人こそ時代遅れです。

 

組織は人間システム、神経系統で繋がっています。昨今何故心の問題が取り沙汰されるのか、組織に従事する人は今こそ刮目しなければなりません。これこそが企業生き残りの中核的な戦略であると私は踏んでいます。

 

さて、皆さんは「ソモサン」?