研修の効果を最大化しよう

近年人口が減少する将来を危惧する声が高まっています。政府も様々な政策によって人口減少社会に対応しようとしていますが、日本の人口構成を鑑みると将来的に少子高齢化社会は今後も進み、人材の確保が困難になるのは確実といえるでしょう。あるデータでは、2019年にはITを担う人材がピークを迎え、人手不足が顕在化し始め、2030年にはITを担う人材が79万人不足し、社会基盤に混乱が生じてくるそうです。さらに2045年には東京都民の3人に1人は高齢者となり、2055年には日本全体で4人に1人は高齢者となります。2050年頃には確実に1億人を割り込むといわれています。そのような背景があってか、限られた人材に対してしっかりと投資をして育成をしていく動きが活発になってきたと感じています。さらに、組織自体も未曾有の人口減少社会に立ち向かっていくべく、よりイノベーションを生み出していく必要性が大きくなってきています。

研修の目的を押さえる

イノベーションを実践したい、イノベーションを起こせる人材や職場にしたい、というニーズはますます高まっています。世の中にはそうしたニーズに応えるための研修やトレーニングが溢れていますが、一般的にはそれら研修が、実際に効果があったという声は、研修実施の数に対してあまりにも少ないのが実態ではないでしょうか。効果ある研修にするためには、研修を実施したいとなった際に「どの時期に」「どんな方法で」そして、一番大事な「どのような意味を持たせて」を明確に設定することが非常に重要です。とても人気のあるカリスマ性ある講師で研修を実施し、こぞって参加を募って講演会をしたとしても、単なる社内イベントに終わらずに組織内で血肉としていくには、そもそもその講演会は今の組織に必要なのか、その目的や意味に立ち返ってみる必要があります。つまり、研修の効果を高めるためには、実施していく意味を検討することが肝要なのです。

研修はその言葉の通り、研いて修める、つまり「すり磨いて光沢や艶(つや)を出し、整った形にする」という意味を持っています。まさに人材を磨き上げ、組織や職場で活躍ができるよう整えるということですが、目的に沿った磨き方をしなければ単なる”擦り傷”になってしまうということを押さえなければなりません。

そもそも組織内で研修を実施するには大きく二つの意味があります。階層別研修と目的別研修がそれにあたるわけですが、いずれにせよ「戦略の実行」が前提にあるわけなので、研修で効果を高めるには、その意味と「整合させるポイント」を見直すことが重要です。

階層別研修

階層別研修を機能させるためのポイントは3つあります。

  • 人事諸制度と結び付けて企画する(職能要件との整合性)
  • 人事諸制度の運用も含めて企画する(評価、考課との整合性)
  • これからの組織運営を加味して企画する(将来との整合性)

 

階層別研修とは例えば、新人研修・中堅社員研修・管理職研修等各階層に応じて研修を実施していくわけですが、これらの目的は各職能要件に適した人材に育成していくことです。入社時に新人研修として礼儀やマナーを教わるのは、組織が1年目の人材に対して、まずは社会人として基礎を求めているからです。新任管理職研修で、マネジメントの一環として労務管理の学習をするのも同様に、管理監督職として組織運営上求められることを身に付けることはその役職を担っていく上で不可欠なことだからです。これらの人材開発は各階層や役職に対して組織が求める職能レベルまで引き上げて、うまく現状の組織を機能させていくための育成になります。

ここからわかるように、「組織の既存の戦略を実行するための制度を整えること」が研修の目的を整えることにつながりますので、研修内容だけではなく、人事諸制度の質を高くすることで研修の目的の質が高まります。人事諸制度の質以上には研修の目的の質は高まりません。

したがって、ここでポイントになるのは、組織の既存の戦略に対して的確な諸制度になっており、かつそれらが人事考課につながってしっかりと運用されているかが、研修の効果を左右する要素となってきます。階層別研修を考える上で、組織の諸制度とその運用が見直す要素になりますし、いつまでも戦略が変わらないはずがありませんので、将来との整合をとりながら、的確な諸制度の変更に伴って、研修も企画をしていくことが求められます。

これらの研修で効果的なのは上長も職場も人事も巻き込むことが一つのポイントです。研修を終えて、どんな学習をしてきたのか、現場の人員が知らずして、研修での学びを実践に結び付けることはできません。同時に、人事考課にかかわることなので、上長や人事も一体となって育成に関わることが大切なのです。階層別研修で効果が出ない、という声の多くは、研修をやって終わりになっていて、その後の職場展開を実践するしくみになっていないパターンが一番多いと感じています。

目的別研修

目的別研修のポイントも3つあります。

  • 戦略と結び付けて企画する(戦略との整合性)
  • 能力要件と合わせて企画する(職能要件との整合性)
  • これからの環境変化を予測して企画する(将来との整合性)

 

様々な目的に伴って実施する目的別研修は、創造性開発や営業強化、プレゼン力強化等の名称でよりスポットで能力を高めていくことができます。新しいビジネスアイデアを考えるフレームを学習して新規ビジネスを検討する、売れる営業パーソンの日々意識していることを学び、実際に面談のロールプレイングをして実践してみる、等の研修はこちらに該当します。これらは組織運営のための能力啓発という意味にとどまらず、不足する能力を補うことと、新しい戦略を実行することの2つの意味があるわけです。

不足する能力を補うことは文字通り、プレゼン力を高めたい、コミュニケーション力を高めたい、などの個別能力を高めるということを念頭に置いて実施をするわけですが、そもそもなぜプレゼン力を高めたいのか、コミュニケーション力を高めたいのかと突き詰めて考えていくと、2つ目の新しい戦略を実行することにつながってきます。

人事諸制度を基盤とした階層別研修は、現在から将来にわたる組織運営がポイントで、目的別研修は今後の組織戦略の実行力を高めることが主たる意味になります。今後の環境変化に対応していくために創造性を高めなければならない、現状の人員でこんなことをやっていきたいので、営業力を鍛える必要がある、等問題に対してアプローチをしていきます。

つまり、目的別研修の意味の質を上げるためには、戦略の質を高めることが大切なのです。営業力とは何を示していてどこまでもっていくのか、創造性とはどのような定義なのか、そしてそれらは組織として何を目指すための課題設定なのか。まさに戦略の質=問題設定の質が、目的別研修の意味の質を高めることにつながるのです。

環境変化にともなって新しい戦略を実行していくという非常に曖昧なことだからこそ、しっかりと要件定義をして研修に結び付けていなければ、効果ある研修は実践できないのです。

自組織にあった研修を

階層別研修と目的別研修とを分けて考えてみるとそれぞれのポイントが明確になってきますが、今後の将来(不確定)の事態に対応していくという点(将来への整合性)では共通する部分です。やはり戦略を考える特性上、将来の要素なしには企画しても現状への対処療法的な策に落ち着いてしまいます。自組織が今後どのような状況になるのか、不確定要素なだけにこのポイントが見落とされがちになってしまうことも少なくありません。

戦略の実行力を高めるための人材開発の一つである研修は、プログラムの流行り廃りもあるので、ともすれば海外(欧米)でトレンドとなっている目新しいプログラム、同業他社も実践しているプログラムを導入してしまっているケースがあります。

「人材開発」の研究を専門としている東大の中原先生のコラムにも記載していますが、人材開発の一つである研修、特に目的別研修においては組織の戦略や目標達成(課題解決)のために実施されるものです。にもかかわらず、流行りのものや他社でやっているものを実践してもうまくいくはずがありません。私の理解によると中原先生が仰っているのは、戦略は競争優位を得ることためのものにも関わらず、他と同じような研修をやっていると他社との“違い”(=競争優位)を作りだせないということです。

もちろん流行りのものはダメだということではありません。人材開発の分野は日々研究が進んでいるのでその時代ごとに社会状況を踏まえたプログラム開発がなされていくのは健全なことです。問題は、自組織の現状と、研修を実施する意味、目的を抑えずに企画をしてしまうことです。それぞれの意味をしっかり考えることができれば、研修の見直しや効果性についての判断につなげていくことができます。

階層別研修で効果を出したい⇒人事諸制度が明確になっているかどうか、目的別研修で効果を出したい⇒戦略が明確になっているかどうか。それぞれの研修の意味合いを踏まえて、今企画している研修がどのくらいの効果性なのかを見直す材料の一つにすることができるかと思います。