• 「失敗の本質」から学ぶ組織論③~183 組織開発(OD)の実践って、どうするの?-~

「失敗の本質」から学ぶ組織論③~183 組織開発(OD)の実践って、どうするの?-~

「失敗の本質」を日本軍の組織特性に求める視点、いよいよ組織上の失敗要因を見ていくことにしましょう。改めて、組織上の失敗要因は以下の4つです。

「人的ネットワーク偏重の組織構造」「属人的な組織の統合」「学習を軽視した組織」「プロセスや動機を重視した評価」。今回は、人的ネットワーク偏重の組織構造についてです。

 

「失敗の本質」に取り上げられた失敗事例では、特に陸軍では現地の独断専行に対する参謀本部の曖昧な指示およびそれに基づく意思決定の遅れが指摘されています。その原因として、陸軍士官学校の高級幕僚を養成する機関としての性格や教育方針、またその出身者の人事に対して陸軍大臣が掌握するのではなく、参謀長が掌握していることを上げています。つまり、陸軍士官学校出身を中心とする超エリート集団は、参謀という職務を通して指揮権に強力に介入し、極めて強固で濃密な人的ネットワークを形成していたことが、合理的であるはずの官僚制組織の中に情緒性を混在させ、インフォーマルな人的ネットワークによって意思決定が左右される組織をつくってしまったのです。それにより、一例をあげるとノモンハンで大失敗した辻をその後も重用したりしているのです。インパール作戦においても作戦開始一か月後、方面軍司令官である河辺が、現地の司令官である牟田口を訪れた際も、この作戦中止は不可避であると考えていたにもかかわらず、どちらも「中止」を言い出さなかったのです。牟田口に至っては「私の顔色で(中止を)察してもらいたかった」と語っています。海軍の高等教育機関である海軍大学校は、その方針や制度は陸軍とかなり異なっており、教育方針は将官の育成を目指すものでした。人事も海軍大臣が一元的に掌握しており、陸軍のように参謀(陸大出身)とそれ以外のものという区別はなかったようですが、下剋上的な現象は海軍にもあったようです。このようなことで、日本軍の組織構造上の特性は「日本的集団主義」と呼んでも良いのではないかと言われます。それは、組織とメンバーの共生を志向するために、人と人との関係性それ自体がもっとも価値あるものとされるような組織であると分析されています。つまり、関係性を重視するあまり論理的で合理的な意思決定ができない思考に陥ってしまっていたのが数々の失敗を招く原因であった、というのが「失敗の本質」における主張です。これに対する米軍の組織はどのようなものであったかについても「失敗の本質」の主張を見ていくことにします。

まず、米軍の作戦速度の速さは決定的であり、日本軍の苦心の蓄積が一挙に粉砕されることが多かったといいます。ガタルカナルの飛行場を一夜にして奪取されてしまったこと、マリアナ沖海戦の敗北の立て直しができない内にレイテ上陸を許してしまったこと等、数々の戦闘において日本軍は後手を踏むことになります。それは、米軍の豊富なリソースだけではなく、作戦の策定・準備・実施の各段階において迅速で効果的な意思決定が下されたという組織特性があったからです。では、なぜそれができたのでしょうか。例えばそれは、ニミッツ太平洋艦隊司令官によって行われた指揮官交代システムにあります。空母部隊指揮官として、ハルゼーとスプルーアンスという二人の提督を、一定期間で交替させたうえ、指揮官が交代すると艦隊名も変更しています。これは、有能な指揮官の能力をフルに発揮させるという目的と、いつまでも同じポストにおいてその知的能力を枯渇させてはならないという狙いを統合したアイデアといわれます。交替人事は参謀においても実施されています。米海軍は作戦部員の人数を極力少なくすることに努めていますが、それは組織を活性化するには、有能な少数のものにできるだけ多くの仕事を与えるのが良いと考えた結果です。しかし、人間は疲れるから、いつまでも同じ仕事をさせるのはまずいと考え、特定の担当者以外は、作戦部員を前線の要員と1年間前後で次々と交替させています。これによって、優秀な部員を選抜するとともに、たえず前線の緊張感が導入され、作戦策定に特定の個人のシミが付くようなこともなかったといわれます。米海軍のダイナミックな人事は、将官の任命制度にも生かされます。米海軍は一般に少将までしか昇進させず、それ以降は作戦展開の必要性に応じて中将、大将に任命し、その任務が終了すればまた元に戻すということをやっています。要するに極めて柔軟な人事配置が可能なシステムだったのです。この点、「軍令承行令」によって、指揮権についての先任・後任の序列を頑なに守った硬直的な日本海軍とは対照的です。米軍の人事配置システムは、官僚制が持つ状況変化への適応力の低下という欠陥を是正し、ダイナミズムを注入することに成功したのです。これは、個人やその間柄を重視する日本軍の集団主義(むしろ関係主義といった方が良い:筆者)と決定的に異なる原理によって構成され運営されていたのです。米海軍のそれは、すべてがシステムを中心に運営されると共に、その中にエリートの選抜・評価を通じてそのシステムを活性化し、必要に応じて変更することができるという特性を持った組織です。「失敗の本質」では、これを「ダイナミックな構造主義」と呼んでいます。

 

組織開発では最近「対話」が大事という見方があります。対話は関係者の認識のズレを修正し、意思を共有統合させるにはとても大切な行いです。「失敗の本質」にしばしば登場するニミッツもそれをとても重視した行動をとっています。しかし、組織行動という視点に立てば対話だけでは解決できない問題があると言わざるを得ません。人的ネットワーク偏重の組織構造がもたらす負の側面を描いた「失敗の本質」の分析は、現在の組織運営でもやはり大切な視点であると言えます。(続く)

 

この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株)波多江嘉之です。