• 「失敗の本質」から学ぶリーダーシップ⑤~179 組織開発(OD)の実践って、どうするの?-~

「失敗の本質」から学ぶリーダーシップ⑤~179 組織開発(OD)の実践って、どうするの?-~

リーダーシップをその機能から見ていく理論もあります。職場集団をまとめていくという点から言えば、機能論は分かりやすく使い勝手があるものです。代表的な機能は、課題達成機能/課題への関心と、集団維持機能/人間への関心という二大機能論です。これに、部下集団の成熟度を加えたハーシーとブランチャードの状況リーダーシップ(SL)理論は、1分間リーダーシップとして、つとに有名な理論です。このような機能論に比べると能力や資質論は、概念的であり漠然としているという向きもありますし、万人が学習できるものではないのではないかという反論もあり、リーダーシップ研究の中では下火になった時期もあるようですが、やはり能力・資質論には刮目して見るべきものがあります。特に「失敗の本質」が扱っている、カオスともいうべき戦争や戦場におけるリーダーシップは、機能論では語れないものがあると思えます。改めて野中さんが主張するフロネティック・リーダーの能力(特質)を確認してみましょう。

  1. 善い目的をつくる能力(「善」という言葉を使っていることに注目)
  2. 場をタイムリーにつくる能力
  3. ありのままの現実を直視する能力
  4. 直観の本質を概念化する能力
  5. 概念を実現する政治力
  6. 実践知を組織化する能力

野中さんは、この6つの能力を発揮した典型の人物として、第二次大戦時のウィンストン・チャーチルを上げています。チャーチルは、よく知られているように必ずしも順風満帆のキャリアを積んできたわけではありません。学業では落ちこぼれ生徒であり、軍隊に入ってからやや好成績を上げてきていますが、軍でのキャリアを続けたのは、どうも実家の家計が苦しかったのが理由のようです。そのようなチャーチルが、政界で実力者となり、何故に大宰相と言われる立場と能力を獲得できたのかは、とても興味があるところですが、今回はそこではなく、フロネティック・リーダー6つの能力の体現者としての彼の振舞いを確認します。野中さんによれば、それは以下のようになります。

  1. 善い目的をつくる能力
    • 民主主義という公共善を守るため、対ドイツ戦を断固決意
  2. 場をタイムリーにつくる能力
    • 国民から見える宰相であることに気を配り、共感のための場づくりに長けていた
  3. ありのままの現実を直視する能力
    • 頻繁に現場に足を運び軍司令と対話
  4. 直観の本質を概念化する能力
    • 歴史という大きな物語に自分を位置づけることを怠らない
  5. 概念を実現する政治力
    • 自ら国防相を兼務しつつ、絶えず現場との対話を重ねる
  6. 実践知を組織化する能力
    • 人材抜擢に余念がない

野中さんは、チャーチルと比較して東条英機は几帳面な性格であったが、チャーチルのように物事の背後にある関係性を読むとか、レトリックを駆使して人々を鼓舞するという才能は備えていなかった。戦時のリーダーとしては器が小さかったのかもしれないと評しています。因みに、日本は太平洋戦争開戦前1941年に、平均年齢33歳から成る総力戦研究所を発足させ、その中でアメリカとの総力戦になった場合の情勢と結果について分析させ、そのシミュレーション内容を首相官邸において報告しています。東条はその場にもいて、結果について聴いているのですが、非戦の選択はとうとうできなかったようです。

野中さんは、リーダーは実践し、賢慮し、垂範せよと主張していますが、日本のリーダーには、それが足りなかったと言わざる負えないといいます。すなわち、新たな知を紡いでいくには、さまざまな情報を幅広く集め、背後にある文脈を理解し、適切な取捨選択を行わなければなりません。そこから新しい概念をつくり出し、さらにそれを形にして実際に使えるかどうかを試してみることが必要です。この一連の実践が足りなかったというのです。またそのようなことを実践する人材を登用する組織もリーダーシップも欠如していたといいます。

例えば、1936年、中国における国民政府軍と共産党軍の抗争の中で起きた、蒋介石軟禁事件(西安事件)に対して、スターリンが横やりを入れ、共産党に蒋介石を釈放させます。これによって、国民政府と共産党が手を結び、第2次国共合作に繋がっていき、ソ連にとって目の上のたん瘤であった日本陸軍は中国大陸の抗日統一戦線という泥沼に引き込まれます。

この一連の動きの背後には、日本軍を疲労させるソ連の戦略があったのですが、日本はそのことに毛ほども気づかなかったのです。日本軍は、西安事件とは、張学良の裏切りによる蒋介石の軟禁ということのみに頭を奪われ、その背景に思いが至らなかったのです。(続く)

 

この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株)波多江嘉之です。