• 「失敗の本質」から学ぶリーダーシップ②~176 組織開発(OD)の実践って、どうするの?-~

「失敗の本質」から学ぶリーダーシップ②~176 組織開発(OD)の実践って、どうするの?-~

ODメディア前回からの続きは、フロネシスの6つの能力・資質についてです。リーダーシップ論でいえば、資質・特質から見ていくリーダーシップ論になります。ではまず、6つの能力を列記しましょう。

  1. 善い目的をつくる能力(「善」という言葉を使っていることに注目)
  2. 場をタイムリーにつくる能力
  3. ありのままの現実を直視する能力
  4. 直観の本質を概念化する能力
  5. 概念を実現する政治力
  6. 実践知を組織化する能力

 

野中さんは、この6つの能力を備えたリーダーを、フロネティック・リーダーと言っています。これら6つの能力は、チャーチルや若き日の毛沢東などを参考にして導き出していますが、日本軍指揮官のリーダーシップを検討する場合はシンプルに、

  1. 現場の背後にある関係性を直観する現場感覚
  2. 言語化する能力を備えた大局観
  3. それらを実践する政治力を含めた総合判断力

の3つに絞っています。野中さんは、失敗の本質で取り上げた事例に沿って、その中心人物のリーダーシップを解いています。リーダーシップは、実際の人物を取り上げながら論じていくのが最も分かりやすいと思いますが、まずは資質・能力に絞って野中さんの見解を見ていくこととします。

フロネシス、つまり実践知を形成する基盤の一つは経験です。とりわけ重要なのは修羅場経験です。そして、成功と失敗の経験です。現実は常に動いているわけで、その文脈に沿った選択ができるかどうかの判断力は、論理を超えた多様な経験が欠かせません。ODや個人の成長という視点の言葉でいえば、経験を省察し持論を見直していく能力ですね。リフレクティブ・プラクティスです。また、どのような師と出会い、どのような関係を築いたかも大切です。手本となる人物との共体験は、リーダーシップの形成に大きな影響を与えます。これは、神経科学的にもミラーニューロンの作用として証明されていることです。

野中さんは、経験と同時に教養(リベラル・アーツ)の重要性も指摘しています。哲学や歴史、文学などを学ぶ中で、関係性を読み解く能力を身に付けることができるといいます。また、レトリック(修辞法)も部下や周囲を共鳴させる能力として重要だといいます。古代ローマのカエサルは、この名人だったといわれます。最近の日本の政治家で、レトリックに長けている人は見当たりませんね。リーダーは、やろうとしていることに対して乗り気でない人にも「ひょっとしたらできるのではないか」と思わせることが大切で、そのような弁論術を含めた政治力は、フロネティック・リーダーの重要な要素だといいます。野中さんによれば、日本の陸軍大学や海軍大学校が教養を重視していたという話は、聞いたためしがないということですが、現代の企業内教育でも教養を重視した教育がなされているとは思えません。概ね技術中心ですね。これでは、バランスが取れたリーダーは育成できないというのが野中さんの主張です。

一方で、バランスの取れたリーダー育成においてアメリカ軍はどうだろうかという問いに、野中さんは教育だけでなく、人事政策による部分は大きいと言います。戦時体制のアメリカ政府は、軍のポストに多くの民間人を起用している、それが知のバランスを豊かにし、組織にバランス感覚を植え付けたのです。多様性を前提とする組織は、その一方で総合力を高めようとするメカニズムが働くと言います。それに対して、日本軍は均質な組織であり、その実態は分野ごとにサイロ化され、組織が分断されていたのです。

日本では、不言実行はポジティブに捉えられることが多いと思いますが、これは暗黙知を対話によって共有し、言語化して組織メンバー全体に広げ、実践知として共有していくには不向きであるというのが野中さんの評です。この視点に立てば、山本五十六は不言実行の人で、組織力を底上げしていくには優れていなかったということになります。フロネティック・リーダー4番目の「直観を概念化する能力」は、言い換えれば、暗黙知を形式知化する能力です。言語化できて初めて、組織的な共有が可能になります。それにより、組織(の他のメンバー)からのフィードバックを得て、直観をさらに磨くことができるようになります。このスパイラルアップのサイクルは言葉によって起動されるものです。やっぱり、対話は重要なのですね。要するに「オープンなおしゃべり」です。上下左右いろいろな関係の中で、フィードバックという鉄砲玉が飛び交っていないと、組織は学習しないのですね。学校での成績が重視されるような人事システムでは、人事が硬直的になり、実践に使える智は形成されません。大規模組織は、どうしても官僚的にならざるを得ませんが、そのような中でも対立した利害を調整する仕組みとか、抜擢人事を行える価値基準とかが求められるのです。アメリカ軍は、通常は少将が最高位で、中将以上はタスクに応じて任命されると言います。例えば、艦隊の司令官を任されるときだけ中将に昇進し、その任を解かれると少将に戻るという具合です。なるほど、ですね。そして野中さんによれば、日本の経営者は「大丈夫か症候群」に陥っていると言います。つまり、最後は自分が責任を取るという気概に欠けているというのです。そりゃそうですね、最初から大丈夫と分かっている投資なら、儲かるわけがないのです。「大丈夫か症候群」を打破することが日本の経営リーダーシップを再興させるうえで必要な取り組みであるのです。この野中さんの主張は、2011年のHBRに掲載されたものですが、今でも変わっていないようです。(続く)

この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株)波多江嘉之です。