• 「失敗の本質」から学ぶリーダーシップ①~175 組織開発(OD)の実践って、どうするの?-~

「失敗の本質」から学ぶリーダーシップ①~175 組織開発(OD)の実践って、どうするの?-~

日本軍の組織論的研究である「失敗の本質」は1984年に初版が発行されて以来、多くの人たちに読み継がれてきた組織論とリーダーシップに関する名著です。これまでのODメディアでは、欧米の研究者たちによるリーダーシップや組織論を学んできましたが、今回から日本の一流の研究者による名著から学んでいきます。因みに失敗の本質は、6人の執筆者による共同作業によるものですが、6名は年長者の野中さん、杉之尾さんで当時48歳、年少の村井さんは34歳、6人の平均で40.8歳と、皆さん若いですね。やっぱりこれだけの名著を表すには馬力も必要なのでしょうね。ということで最初は、やはり野中さんの主張するリーダーに求められるフロネシスという概念からです。フロネシスという概念は、失敗の本質には、もちろん出てきませんが、後年、野中さんがその概念で戦場におけるリーダーシップを論じています。野中さんは、フロネシスという概念から導かれる資質こそ、知識創造時代のリーダーに欠かせない資質であるといいます。では一体、それはどのようなものでしょうか。「失敗の本質」執筆に対する野中さんの振り返りから見ていきましょう。

 

【情報処理から知識創造へ】

野中さんは、「失敗の本質」で得た重要な命題の一つは、日本軍における過去の成功体験に対する過剰適応だといいます。成功体験によって強化された自己を、中々否定できない。戦後の日本において政治や官僚組織は日本軍の失敗から学んでいない。そのような中で唯一、自己否定能力を持ちえたのが企業組織であるといいます。もちろん、このことは既に多くの人たちが知ることであり、企業が自己否定能力を持ちえたのは、戦後、経営層が総入れ替えされたことによるものです。要するに、日本の戦後の企業組織は、過去の成功体験に囚われない若い経営者たちが、科学的経営と日本の特質である集団性をうまくミックスさせたからに他なりません。QCサークルなどはその代表的な実践です。別の見方をすれば、当時の経営者たちが専門家にありがちな権威主義を捨て、分からないところは現場の知恵や力を借りて、一致団結して事を成していくしかないと割り切った謙虚さがあったのかもしれません。しかしながら、そのような戦後の成功体験が、いままた失敗の原因にもなっているようです。

野中さんは、「失敗の本質」に投影した経営学的な問題意識は、情報処理のプロセスだったといいます。つまり、情報の伝達と共有、処理プロセスのスピードが作戦の成否を分けることが多い。レイテ沖海戦の惨敗は、そのもっともな例の一つとして取り上げられています。しかしながら、情報処理というプロセスは。それによって状況に適応することはできても、何かを創造することは難しいといいます。創造は、思いを言葉にして、言葉を形にしていくダイナミックなプロセスです。それは単に情報処理をしていけばいいというものではありません。そして、このような知識創造プロセスをマネージするリーダーシップとは何かというのが、「失敗の本質」以降の野中さんが抱えた課題だったのです。このような中で、戦略の本質は逆転にあると考え、チャーチルや毛沢東などが指揮した戦争を分析・解釈するということを試み、課題を追いかけたそうですが、そこではリーダーシップの本質をつかむまでには至らなかったのです。そのような中で突き当たったのが、アリストテレスの提唱した「フロネシス」です。フロネシスは賢慮(prudence)、または実践的知恵(practical wisdom)と訳されますが、野中さんたちグループはその両方の意味を込めて「実践知」と言っています。経営学の世界ではほとんど関心を集めなかった概念だそうです。むしろ、政治学や教育学の世界で関心を持たれていたといいます。野中さんの問題意識は、ジョン・デューイの言うところの「知識は集めたところで使えなければ意味がない」「価値とは出来事に組み込まれた質である」と同じ文脈にあるのでしょうね。

さて、フロネシスですが、アリストテレスによれば、その本質を判断(judgement)に求めています。それは、当時のポリス社会における「共通善(common gool)」という価値基準をベースに、一般論ではなく、個別具体の判断を適切に行う力であり、その都度の文脈のただなかで、最善の判断ができるというものです。アメリカの経営学の世界では、伝統的に意思決定(decision making)という言葉が使われますが、フロネシスは、その時々の文脈に即した判断(contextual judgement)を重視します。戦場では、まさにさまざまな状況を鑑み一瞬一瞬の判断(judgement)を要求されるということかもしれません。

このような視点で見てみると、情報処理というプロセスは、いまやAIに代替されています。これに対して、フロネシスは人間の究極の知であり、それは文脈に則した判断(context judgement)、適時・絶妙なバランス(timely balancing)を具備した高度なリーダーシップと言えます。このようなフロネシスの発揮には、6つの能力・資質が必要であると野中さんは言います。次回から、この6つの能力・資質について見ていくことにします。(続く)

 

この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株)波多江嘉之です。