• 組織変革における状況対応リーダーシップ② ~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-160~

組織変革における状況対応リーダーシップ② ~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-160~

前回のODメディアで、アグリーメント・マトリックスとはどのようなものかを紹介しました。今回から、マトリックスの各セルに適応するリーダーシップと変革手法について見ていきます。最初は左下部、つまり、もっとも混乱している社会や組織状況です。

 

 

左下部で必要なリーダーシップは「強権発動」です。いわゆる「アメとムチ」を振るう手法です。C.クリステンセン等はこの事例に、旧ユーゴスラビアのヨシップ・ブロズ・チトーを例に出しています。この地域はかつて「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれたバルカン半島です。バルカン半島は、様々な民族が入り乱れていたことから、民族同士の対立もあり、 常に何が起こるかわからない状態でした。この地域は第一次世界大戦の引き金を引いたともいわれる地域ですが、第二次大戦を経て、チトーが主導し多種多様な民族を統率し、人為的な国家をつくりました。この国家が旧ユーゴスラビア(ユーゴスラビア民主連邦、その後、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国)です。その統治の難しさは後に「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」と表現されたほどです。このような国で、第二次大戦後の長期間にわたって平和が続いたことは、チトーのバランス感覚とカリスマ性によるところが大きいとも言われます。1974年には6共和国と2自治州を完全に同等の立場に置いた新しい憲法が施行されましたが、1980年にチトーが死去すると各地から不満が噴出し、同年にコソボで独立を求める運動が起こり、その他の地域でも異なる不満と主張が乱立します。このような混乱が20年以上に渡り、2006年のモンテネグロ独立によって、ユーゴスラビアを構成していた共和国はばらばらに解体され現在に至ります。別に、バルカン半島の歴史を見ていくことが目的ではなく、このようなある意味カオスのような状態では、力による統制が必要であるという現実を否定してはいけないということです。これは企業組織でも同じです。このような状況では、通常のマネジメント手法、例えば、金銭的報酬とか、業績評価制度とか、教育研修、あるいは業務改革といった方法は役に立たないのです。左下部では、強権発動が成果を上げるリーダーシップですが、決め手は、これを発動できる権力を持てるかどうかです。明治維新の変革方法が良いか悪いかは、議論が分かれるところでしょうが、西郷が主張したように、混乱状況を取りまとめていくには「軍」という強権発動の後ろ盾が必要なのです。ただし、これを続けていけばリーダーは枕を高くして眠れません。ですから、一旦安定を確保したならば、次の段階への移行を考え実行していく必要があります。

 

次に、左上部の状況で求められるのは「ビジョナリーリーダーシップ」です。このセルは、組織が追求する目的や成果についての合意があるものの、それを実現させる方法について議論百出という状態です。このような場合、リーダーは「さあ、始めよう」と号令を発する事が求められるのです。1995年、マイクロソフトはインターネットの波にどのように対応すべきか苦慮していました。つまり、インターネットをデスクトップ・アプリケーションのおまけにするのか、それともPCの中核に位置付けるのかという問題です。ゲイツは「インターネットの大波に備えよ」というメモを全社員に送り、業界トップの座を守るためにインターネットをPCの中核に位置付けるという方針を明確にしたのです。これによって、エクスプローラーの開発チームは、ネットスケープを圧倒する働きをし、ブラウザー市場で90%のシェアを獲得したのです。

アフガンの聖人と呼ばれた中村哲さんは、灌漑用水路建設に取り組むとき日本人スタッフに言った言葉が「No Discussion Only Practice」です。中村さんは、「人々は食えないから傭兵として出稼ぎに出る。そして、したくもない戦争に加担する。ならば、食えるようにすることが戦争を無くす手段である。食えるようになれば、人々はもっとより良い社会を目指そうとする。」というのが持論でした。食えるようにするための手段が「灌漑用水路」です。だから、日本人スタッフがそれは無理だとかなんとか言うのを制して「No Discussion Only Practice」と言ったのです。中村さんの信条は「誰もがそこへ行かぬから、我々がゆく。 誰もしないから、我々がする」です。

目的について合意が形成されている場合、実践方法についてのステートメントはメンバーのモチベーションをけん引する上で絶大な効果を発揮します。

 

右下部の状況はどうでしょうか。この位置にある組織で変革を推進するには、活動プロセスに重点を置いた手法が望ましいといえます。つまり、調整型のリーダーシップであり、いわゆるマネジメント的手法です。この状態にある組織では、人々の協力をどのようにして

引き出すかがとても重要になります。組織目的について、改めて納得と合意を形成し、それを実現させる手段についての協働体制をつくり上げていくことが求められます。例えば、マーケティング部門と製造部門のインセンティブは同じではありません。しかし、新製品販売において「特定の製造プロセスを採用すれば、品質とコストの両面で目標をクリアできる」という合意があれば、両者は協働して事に当たろうとします。つまり、自分達の方法が全体の目的に適うものであるという合意形成をしていくことが重要なのです。従って、具体的には、部門が協力して戦略プランニングを立案したりすることや、業績評価制度を整えること、業務手順を標準化すること、充実した社内研修を実施することなどは、効果的な変革手段になります。(続く)

 

この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株)波多江嘉之です。