• 人々の相互作用と意思決定③~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【113】~

人々の相互作用と意思決定③~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【113】~

前回からの続き》 サラム=フレデリクスの論文をもう少し見ていきましょう。

会話分析というのは、それによってさまざまな意思決定プロセスが分かると言っても、とても挑戦的な課題です。彼女はこう言います。

それは、何よりも、時間軸/空間軸に沿って展開される人間の活動が豊饒性に富み、ダイナミックで複雑なものであるからに他ならないからである、と。

 

会話分析には、鍵となる2つのコンセプト(ボーデン、1994)があるのですが、一つは「様々な小さな一歩(minor moves)」であり、いま一つは「積み重ね(laminate)」です。laminateという言葉は、金属加工で使われる言葉であり、薄い金属を何層にも重ね互いを結合し、より強靭で柔軟性を持つ新材料をつくることを意味します。ボーデンはこれを、人々の認識形成の一つのプロセスを表す概念として使っているのですね。

その意味で、「積み重ね」という概念は、プロセス、時間、相互作用、帰結といった重要な諸概念を内包しています。プロセスおよび時間という概念は、戦略的マネジメントの研究で重要な概念であることが認識されて久しいのですが、通常、誰もが興味を持つのは結果です。

しかしながら、組織開発を実践しようとする私たちの立場から言えば「相互作用」は無視できないものです。サラム=フレデリクスは、この相互作用を研究の中央に置いています。

つまり、会話という相互作用の中で現れる様々な信念、意見、価値観、考え方、感情、ものの見方、意味などを形作り生み出していく連続の中の積み重ねを見ることの重要さを指摘しています。その連続の中に、「小さな一歩(例えば、他者にあることを気づかせる)」があり、それぞれの一歩が積み重ねられて、もっともらしいと感じられる集団として合意された認識が生み出されるのです。

 

これで分かるように、ODコンサルタントあるいはプラクティショナーとして、組織をより良い方向に向かって起動させることを支援しようとする人たちは、インタビューで知ることとなる「ある出来事」が生じ、その後「斯く斯くしかじかのようになった」というコンテントのみで、その集団や組織を理解したことにはならないのです。

 

「小さな一歩」と「積み重ね」はじかに観察してみなくては知る由もありません。またそれは、長い時間をかけて行われるものでなく、1日の中で行われる「会議」や日常的に行われる「打ち合わせ」で交わされる会話の1コマなのです。

ですがそれは、わずかな時間に生じたものであるにもかかわらず、意思決定における重要なターニングポイントなのです。前回のODメディアで掲載した会話1.の続きを見てみましょう。

  1. A氏 我々のボトルネックは明らかです。
  2.    それは、ここしばらく[書類の束に目を落としながら]
  3.    ずっと問題になっていたことだと思うんです。
  4.    要するに、我々のスキルが足りない、
  5.    ということなんです。
  6.    ボトルネックは、プログラミング能力です(間を置く)
  7.    もう一人分析担当者を置いても、
  8.    結局、今のボトルネックで業務量を
  9.    増やすだけになると思います。
  10. MD (直ちに)う~む
  11. A氏 (直ちに)元の木阿弥ということです。
  12. MD (直ちに)確かに、そうかもしれない
  13. B氏 しかし、だ
  14. MD (会話に割り込む)今の点は、正しい
  15. A氏 (直ちに割り込む)さて、B氏のおっしゃるように、
  16.    2人の分析担当者を配置したとしましょう
  17. MD (会話に割り込む)正しい見方だと思うね

 

この会話を見てみると、A氏の発言内容とそのタイミングが、とりわけ意思決定において特に重要な人物と言えるMDの賛同を引き出していることが分かります。そして、その発言はとても巧妙です。

例えば、「ボトルネックで業務量を増やすだけ」という言い方は、マネジメントの世界に疑う余地のないものとして浸透している「効率性のディスコース(フーコー主義者が使う:サラム=フレデリクス)」に響くものです。

いずれにせよ、A氏は「~~について(of)の知識」と「どのようにして行うかについて(how to)の知識」を効果的に使い分けて、メンバーの思考を自分が主張する方向に導いているのです。

A氏の働きかけにより、メンバー個々の知識は、メンバー間の相互作用とともに明確化され、集団に認知される知識となっています。意思決定における相互作用のプロセスに関するサラム=フレデリクスの要約を以下抜粋します。…詳しくは「実践としての戦略」を参照してください。

 

「小さな一歩の積み重ねによってさまざまな事実がA氏によって作り出され、決定が行われた。このプロセスに食い込むことが出来ず、また戦略的に考えることが出来ない人々は排除され、IT能力を高めるための財政的資源および人的資源が張り付けられることになった(中略)。A氏が戦略担当者集団を新たな決定に導くことが出来たのは、熟練したストーリーを通じてなのである。

彼は、また、戦略的思考法、すなわち本気になって実行する能力は何かを明らかにしてみせた。すなわち、職務上の役割を超えて仕事を行うこと、長期的な視点で思考を行う能力を持つこと、タフな実行力、仕事の固定化を起こさないこと、非効率性を正すこと、政策を確実に実行すること等である(中略)。

上級マネジメントチームの知識、スキル、推理、意思決定能力は、組織にとっての不可欠な見えざる資産である(Grant,1995,P125)と言われていますが、A氏はその見えざる資産をうまく組み合わせていく能力に長けていると共に、戦略担当者集団に対して翌年あるいは翌々年には、組織がどのような姿と見えるか、に影響を与えたのである。」

 

組織開発(OD)において意思決定プロセスを支援するならば、個人の身につけている見えざる資産と会話の相互作用が意思決定にどのように影響するかを理解しておく重要性に気づかされます。(続く)

 

※この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株) 波多江嘉之です