• 人々の相互作用と意思決定①~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【111】~

人々の相互作用と意思決定①~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【111】~

前回までのODメディアで、意思決定の迅速さと業績の関係を見ていきました。アイゼンハートは最終的に、戦略的意思決定スピードのモデルを提唱し、意思決定のプロセスに何が影響を与えているのかを説明しました。それは、「認知的プロセス」「政治的プロセス」「感情的プロセス」の3つでした。

 

今回から、この3つのプロセスをもっとミクロから研究した論文を紹介していきます。論文のタイトルは「生きられた経験としての戦略化と戦略の方向性を決定しようとする戦略担当者たちの日常の取り組み:ダニエル・サラム=フレデリクス」というタイトルになっています。

なぜこの論文に魅かれたかというと、それはこの論文のリサーチ方法が、ある会社の戦略担当者たちの議論のプロセスに焦点をあて、その議論のプロセスからどのようにして当事者たちの認知が形成され、どのような政治的力関係が生み出され、そしてどのような感情が沸き起こって意思決定が為されたかを研究しているからです。

因みにこの研究の基礎となる観察は1年以上の期間をかけています。

 

経営や戦略を研究する研究者の中には、経営学が実際の経営にあまり貢献していないという問題意識を持っている人たちはそれなりに居て、何とかしてその溝を埋めたいと考えているんですね。

その溝を埋める一つのアプローチとして社会構成主義の視点から研究していくという方法があるのですが、今回見ていく「生きられた経験としての戦略化と戦略の方向性を決定しようとする戦略担当者たちの日常の取り組み」はまさにそのような視点からの論文です。

タイトルが長いのでODメディアでは「人々の相互作用と意思決定」というタイトルにしました。では、どのような研究内容なのかを見ていくことにしましょう。

 

論文は、民族誌およびエスノメソトロジー/会話分析の手法を活用しています。民族誌というのは、時間軸/空間軸に沿って生じる様々なルーティンを綿密に観察します。

エスノメソトロジー/会話分析は、人々の社会的あるいは政治的活動は、その多くを言葉という手段を使って行われるということに着目し、その暗黙の方法を捉えようとするものです。

この論文のユニークなところは、上記2つの手法を活用してある企業の戦略担当者たちの会話を中心とした相互作用のルーティンを観察し、記録し、分析している点です。

具体的には、6人の戦略担当者たちの会話を観察・記録し、6人の中で最も影響力があった担当者(A氏)がどのようにして信頼を勝ち得ることとなったのか、そのプロセス(修辞法という会話の方法)を明らかにしています。

(注)修辞法とは、文章やスピーチなどに豊かな表現を与えるための一連の技法のこと。主張の納得性を高めたり、他者を説得したりするために必要なコミュニケーションの技法でもある。

 

論文の筆者であるサラム=フレデリクスは、以下のようなイントロ(ある戦略担当者の語り)からこの論文を書き始めています。

「・・・政策を持ち、戦略を持つことができれば、他に重要なことは何もない・・・(こう言ったすぐ後で、同じ戦略担当者は次のように言った)。しかし、政策[戦略]を持たない危険は大だ。船が方向舵を失うようなものだ。一体全体どこへ押し流されてしまうものやらわかりゃしない・・・」

この語り手は戦略とは、船の方向舵のように、目的地に正しく向かうように組織を動かしていくものだと言っています。戦略を方向舵というメタファーを用いてうまく表現しています。

この語り手はA氏なのですが、このA氏がさまざまな修辞法を用いて戦略の方向性に大きな影響を与えていくのです。そして、A氏の考えが生き残り(生きられた経験)、戦略として採用されていくのです。

サラム=フレデリクスの論文は2つの目的があります。

一つは、戦略が形成されていく過程を民族誌およびエスノメソトロジー/会話分析という手法を用いて分析していくこと。これは戦略が形成される過程を、インタビューを用いて「報告」された経験として捉えるのではなく、「生きられた」経験として捉えるという新しい調査技法の有効性を明らかにすることです。

もう一つは、その手法を採用することで、意思決定の過程では人間の相互作用というさまざまな感情や道徳上の諸問題が常に存在する中で、A氏がどのように影響力を行使したかを明らかにすることです。

相互作用という点で見ると、A氏はこの会社が持つ根本的な弱みを提起し、それを基に自己の主張を巧妙に組み立てていきます。どのような会話の中でどのような意思決定が為されるか、とてもミクロな視点から戦略の意思決定を解き明かしています。(続く)

 

※この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株) 波多江嘉之です