• 戦略と組織開発③~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【106】~

戦略と組織開発③~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【106】~

戦略研究の多くは、組織を取り巻くマクロな外部環境にどのように対応し競争優位な状態を確保していくかという視点で研究が為されています。これは「わが社はどのような戦略を選択すべきか」ということを学習するにはとても役に立ちます。

学習教材であるケーススタディも多くはそのような視点で書かれています。いずれにしてもロジックとして「どのような場合は、どのような内容の戦略を選択すべきか」という学習になります。

 

一方で、現実の世界で戦略が策定され、そして実施される過程とはどのようなものでしょうか。大手の会社の場合は公式の制度化された計画策定プロセスがありますが、そのような場合でも、そこには必ず人々の関係性の中でつくられる世界があり、さまざまな議論や交渉過程があり、取り上げられる案や却下される案、突然入ってくる情報の取捨選択があり、というプロセスがあります。

つまり、人と人との関係の中で物事が進んでいくミクロな世界があるのです。今回はこのヒューマン・プロセスに焦点をあてます。参考とする文献は「実践としての戦略(Strategy as Practice;G.ジョンソン、A.ラングレィ、L.メリン、R.ウィッティントン著)」です。

 

アジリティという概念は近年の組織運営において重要なキーワードになっていますが、「実践としての戦略」では、意思決定のスピードと企業業績の関係を考察した論文が掲載されています。論文は「急速に変化する環境における迅速な戦略的意思決定:キャスリーン・M・アイゼンハート著」です。どのようなものか覗いてみましょう。

 

調査の対象はマイクロコンピューター産業の8社です。結論から言えば、迅速な意思決定者は遅い意思決定者より、少ない情報ではなく、より多くの情報を使用しより多くの代替案を十分に考え、効果的な助言を受けるプロセスを持っている。

また、戦略的意思決定とそれを実践に移す際に起きるコンフリクトの解消についても配慮されたマネジメントをしている。結果として、このような行動パターンに基づいた早い意思決定は、優れた業績をもたらすというものです。

 

調査は、質問紙やインタビューおよび既存の業績データ分析を活用し、経営層と関係する人たちに対して長時間のインタビューが行われています。インタビューでは、企業の優位な能力、主な競争相手、自社の戦略的ポジショニング、業績などについて聞いていますが、同時にトップマネジメントチームメンバーの相互作用(コミュニケーションや関係の取り方)の頻度と特徴、意思決定会議の状況(プロセス)などについても聞いています。

質問への答えは、回答者の解釈よりも事実と出来事に集中した質問が為されています。つまり、法廷でするやり方と同じやり方が為されています。そこで、この論文の核心ですが、それは迅速な意思決定が実際どのように行われているかについて5つの特性を発見したことにあります。

 

これから5つの特性を見ていきますが、最初に箇条書きで5つの特性とはどのようなものかを掲載します。

  1. リアルタイム情報をより多く収集し活用する
  2. 複数の代替案を同時並行で検討する
  3. 2層の助言プロセスを持っている(経験豊富な助言者を重用している)
  4. 承認付きの合意(コンフリクトに効果的に対処する)
  5. 意思決定の統合(戦略的な大きな意思決定と戦術的な意思決定を関連付けている)

 

ところで私たちは、意思決定が迅速であるというは、どのような条件下でなされていると思っているでしょうか。多くの先行研究では、包括性が戦略的意思決定プロセスを遅らせると示唆しています(Fredrickson & Mitchell 1984)。

別の先行研究では、わずかな専門知識源から情報を得て少数の代替案しか考えないこと、そして限定的な分析は意思決定プロセスを短縮させる(Janis,1982; Mintzberg et al,1976; Nutt 1976)としています。これはダニエル・カーネマンが言うところの早い思考(fast think)ですかね。

ところが、「実践としての戦略」に掲載されているこの論文では、異なる見方が提供されています。それは、迅速な意思決定を行う経営陣は広範囲な情報を使用していた。しかもその情報は予測された情報ではなく、企業の競争環境と業務オペレーションに関するリアルタイムな情報だったのです。これは興味深いものがあります。

 

命題1:リアルタイムの情報が多いほど、戦略的意思決定のスピードは速くなる。

この命題の詳しいデータは「実践としての戦略」を参照していただくとして、そこで分析されていることを少し紹介します。

 

迅速な意思決定を行う経営幹部(企業)は、受注・取扱高・仕損・在庫・キャッシュフロー・売掛金・顧客サービス・エンジニアリングマイルストン・競合他社などの動きについての日報・週報に細心の注意を払っていたのです。また、彼らは利益のように集約された会計レポートよりも、これらの業務オペレーション上の指標に多くの関心を示しているのです。

経営幹部は週に2~3回の定期的な営業会議を開催し、文書ではなく直接顔を合わせての会話やメールといったリアルタイムなコミュニケーションを好んでいたのです。迅速な意思決定をするある調査対象会社は、前述のような業務オペレーション上の指標について担当責任者がとても積極的に情報収集しています。

例えば、研究開発担当役員は、広範囲な友人のネットワークを通して、技術に関する「情報やうわさ」をモニターしていると語っています。実際この会社では、戦略的提携を加速させる意思決定は、将来の資金不足を予測した現金収支モデルが引き金になっています。

 

一方で遅い意思決定をする調査対象チーム(企業)からはリアルタイム情報への言及はほとんどなかったのです。多くのリアルタイム情報を活用するチームは意思決定が迅速で、少ない情報しか活用しないチームは意思決定が遅いとは、いったいどういうことなのでしょうか。(続く)

 

※この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株) 波多江嘉之です