• 実践でのコンテントとプロセス:ビジョンをつくる①~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【92】~

実践でのコンテントとプロセス:ビジョンをつくる①~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-【92】~

F.ハーツバークの動機づけの2要因説は、有名な動機づけ理論の一つです。2要因とは、動機付け要因と衛生維持要因です。動機付け要因は促進要因とも呼ばれ、それがあれば仕事に前向きになるが、ないからといってすぐに不満が出るものではない要素です。「達成すること」「承認されること」「仕事そのもの」「責任」「昇進・向上」といった要素がその代表です。

 

衛生要因は、不満足要因とも呼ばれ、整備されていないと社員が不満を感じるものの、整備しても満足につながるわけでない要素です。「給与」「福利厚生」「経営方針・管理体制」「同僚との人間関係」「監督(上司との関係など)」といった要素がその代表です。

さてこの要素ですが、グラフを見たことがある方も多いのではないかと思いますが「経営方針と管理」という項目は、不十分だと不満につながる最も大きな要因ですが、整備しても満足にはそれほどつながらないのです。ま、あって当たり前と受け止められている要因のようです。皆さんは如何でしょうか。確かに、立ち止まってじっくり考えたり、長期的なキャリアの方向付けを考えたりする場合、会社の方針や管理というものはとても大切な要因ですが、日常ではそんなに意識しないものなんですよね。

ルイス・ガースナーがIBMの再建に取り組んだ時、「ビジョンでは飯が食えない」と言ったのは有名な話ですが、これはまずキャッシュフローを回復させることが最優先課題であった時に言っていることです。止血が必要な時は止血しなくてはならないというお手本ですね。ガースナーはIBMがお客から何を望まれているかを理解し、当時破竹の勢いで伸びていたマイクロソフトやオラクルのようになろうとはしていません。このあたりを間違えて、いきなりビジョンでは再建は覚束ないのですね。

 

ではビジョンとは何か。理念や信条、目標とはどう違うのか、と聞かれると返答に窮するかもしれません。ここでは、参考にP.ブロックのモデルを紹介します。P.ブロックは、ビジョン(vision)は是非それを成し遂げたいという「人々の思い、志」であり、その人の内から湧いてくるものと言っています。

その対極にあるのが目標(goal)です。ビジネスとして事業を管理していくには目標が必要です。つまり具体的で測定可能な数値です。そして、ビジョンと目標をつなぐものがミッション(mission)です。ミッションは事業を定義し、我々がさまざまな事業の中でどのような位置を占めるのかを明確にするものです。図にすると以下のような図になります。

日本で見学が絶えない、残していきたい会社として有名な伊那食品工業株式会社はどうでしょうか。伊那食品はビジョンという言葉は使っていません。社是を大切にしています。伊那食品は、社是とは会社を構成するすべての人々の共通土台であり道標である、と言っています。曰く、『目先の数字的な効率を最優先させて、大切な事を忘れてしまってはいけないと思います。 福利厚生費を抑える、社宅を廃止する、社員旅行を中止する、懇親会も中止するというようでは、会社が正しい方向には向かないような気がしています。』

その社是でいわれていることが、『いい会社をつくりましょう。~たくましく そして やさしく~』です。加えて、企業目的は『企業は本来、会社を構成する人々の幸せの増大のためにあるべきです。私たちは、社員が精神的にも物質的にも、より一層の幸せを感じるような会社をつくると同時に、永続することにより環境整備・雇用・納税・メセナなど、様々な分野でも社会に貢献したいと思います。したがって、売り上げや利益の大きさよりも、会社が常に輝きながら永続することにつとめます。』とあります。(伊那食品工業ホームページより)

 

いわゆる、事業内容や目標数値などは全く出てこないのです。それでいて年輪を刻むように成長しているのです。事業の中心は寒天です。事業的には急成長するようなものではありません。株式も上場していません。ですから、米国式株主資本主義の価値基準から見るとその視界には入らない会社であると思います。しかし、さまざまな人が「素晴らしい」と感じる会社なのです。伊那食品の場合、社是は現最高顧問の塚越寛氏の経営実践から生まれてきているものです。フューチャーサーチなどというイベントセッションはやっていません。

では、どのような歴史があり「いい会社をつくりましょう」という、傍から見れば何の変哲もない社是が生まれてきているのでしょうか。塚越寛氏の話からそのヒントが見えてきそうです。

 

以下、日本の社長インタビューより抜粋。『それに、人々が支えてくれる会社は、ピンチにも強い。当社が過去に何度か直面した危機を突破できたのも、いい会社をめざしてきたからです。ピンチでもっとも思い出深いのは、私がこの会社に入って15年ほどたった頃。粗末な設備のせいで社員が仕事中に重傷を負うという事故が起きてしまったのです。安全を確保するためには、最新設備の導入が必要でした。

しかし、それは大変高価で、当時の会社の体力では簡単に買えません。といって、危険な労働環境をそのままにして社員を働かせるわけにもいかない。進退きわまり、一時は会社をたたむことさえ考えました。最終的に「もっとも社員を幸せにできる道はなにか」という原点に立ち返り、どうにかして資金を調達。清水の舞台から飛び降りるつもりで設備投資をしました。

でも、フタを開けると予想以上に仕事が順調にいき、すぐに借金が減りました。どういうことかというと、社員たちの士気が高まり、以前よりやる気を出してくれたからです。どれだけすばらしい機械もカタログに記載された能力しか期待できません。しかし、人間が本当にやる気を出せば、2倍、3倍もの力を発揮するんです。このときの設備投資は、社員の安全を確保しなければならないという一心からでした。

このできごとから「社員がもっと快適に、もっと幸せになるためという動機で動き出すことが大事だ」との想いが深まりました。動機が純粋であれば仕事はうまくいく、というのが私の実感です。一方で、ブームに乗っかるなどの安易な経営は結果的に会社を苦しませます。ですから、寒天ブームが起きたとき、私はすぐに社員を集め、「これは会社にとって最大の危機になるかもしれない」と訴えました。』

 

経営におけるビジョンや志、社是というものの意味やその影響、そしてそれはどのようなプロセスの中で生み出されるのか、それがなんとなく見えてきます。

 

※この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株) 波多江嘉之です