• ファシリテーターの重要性~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-㊶~

ファシリテーターの重要性~組織開発(OD)の実践って、どうするの?-㊶~

~仮説を一人で修正することはできるのか

このODメディアでかなり前に「後は自分でやる、の落とし穴」というタイトルの記事を書きました。その記事では「人々は自分が持っている仮説(バイアス・偏見)や信念体系を探求することが大切だ」という事を書きましたが、これはそんなに簡単なことではありません。

無意識のバイアスという言葉があるくらい、仮説は無意識だからバイアス・偏見になるのです。意識できるようになれば仮説自体を問い直し、異なる視点で見ていくという事ができるようになります。ところがこれがなかなかに難しい。

まず、自分の仮説が何かという事に気づくこと自体が難儀です。そして第二に、それに気づいたとしてその仮説を捨て去ることに対する不安や脅威に対して「大丈夫」と思えなければ、その仮説は外せないのです。

 

例えばあなたは以下のような考え方(仮説)についてどう思いますか。

「上司としてはチーム(職場集団)の仕事について自分が責任を持つべきだ。その為にはどのメンバーよりチーム(職場集団)に何が起きているかを把握しなければならない」

これに対して、皆さんは結構賛同される方が多いのではないでしょうか。で、ちょっと以下のような質問に答えてみてください。

この仮説を信じているのは何故だろうか? この仮説を信じることでとっている実際の行動とはどのような行動なのだろうか? この仮説はあなたおよびあなたのチームにとって生産的な行動をもたらしているだろうか? もし、この仮説を捨てると何が起きるのだろうか?

 

機会の発見や開発は、さまざまな情報や知識・知恵がお互いに刺激し合う事が必要です。そうすることで、新しい意味が生成されていきます。それは「あ~~~、そういう事なんだ」というような、新しい世界観に触れて今までにはない異なる景色をイメージでき腑に落ちるというような感覚です。このための有効な方法が「対話(dialogue)」です。ところがお互いが持っている仮説が強すぎると、この対話がうまくいかない。

対話しているつもりが「いやいや、それって~~だよね」という、勝ち負けを争うような議論(discussion)になる。もちろん、議論というスタイルも大切です。それは、論理的に考え、証拠を提示し、だからこうだという結論を得ることが必要な場合です。しかし学習という視点ではこれはまずい。なぜかといえば、勝ち負けでは新しい第三の仮説は出てこないからです。新しい仮説が出てこなければ、メンバーの行動は変わりません。そこには勝利した側の満足感と、敗北した側のくやしさが残るだけです。

敗北した側は「くそ、今度は言い負かしてやる」と考え頑張るかもしれませんが、集団としての学習はない。学習は何も新しい知識やスキルを習得することだけではありません。自分たちが持っている態度や価値観を見直してみるという事も学習です。そして、従来の環境が変わっていく場合には、後者の学習がとても大切になります。その為には、その仮説を捨て去ることに対して抱いている不安や恐れという自己防衛に向き合うことが必要になります。それは、自分との対決でもあるのです。

~ファシリテーターの役割

ここで一つの問いが出てきます。「仮説を捨て去ることに対して抱いている不安や恐れという自己防衛に向き合う」という「場」あるいは「プロセス」を、練習もなしに自分たちだけで「持てるのか」あるいは「できるのか」という問いです。多分ムリです。これには一定のトレーニングが必要です。

このODメディアでしばしば紹介している「Tグループ」は、対話の中で自己開示と自分との対決を繰り返し、対人関係の中で自分が抱いている仮説をじっくりと見直し、自分の行動修正をしていきます。ここのポイントは「自分との対決」です。最初は、他の人との意見や行動、認識の違いを話題にしていくのが常ですが、それを繰り返していくと「私が、いつも~~に拘っているのはなぜか?」という問いに対する探究をしていかざるを得なくなります。つまり、「自分との対決」です。

Tグループを体験している方はお分かりの通り、自分の仮説を認めることは難しいし、その仮説にしがみついている理由である自己防衛を認めることはもっと難しい作業です。

例えば、いつも「ニコニコ」して感じが良いAさん。なんでいつも「ニコニコ」しているかというとみんなと良い雰囲気で過ごしたいから。なので、少々異なる意見が出ても人それぞれですからと言って特に気にする様子もない。でも、ひょっとするとその「ニコニコ」は自分を守る術かもしれない。他者からの攻撃を防御する強い盾が「ニコニコ」という態度であるかもしれない。

そんな時強く自己主張するBさんが現れる、そしていつもニコニコしているAさんに対して「傍観者」というレッテルを張る。この場合AさんとBさんは対立もしません。Bさんは攻撃する人、Aさんは逃げる人になります。この関係やチームはこの後どうなるでしょうか。共通の目的に向かって学習することが出来るでしょうか。

 

仕事の場では、この仮説は事業の進め方についてとか、協力すべき他部門への固定的な見方とかいろいろな仮説を含みます。これを関係者が出し合い、みんなの前に明らかにしそれをぶら下げて議論することになります。これを「仮説を保留する」という言い方をすることもあります。

この場合大切なことは、対立は「私とあなた」ではなく、「私が持っている仮説とあなたが持っている仮説」に切り分けることができるかです。この切り分けは、慣れないと難しい。どうしても「お前に言われたくない」という思考になりがちです。ここで出てくるのがファシリテーターです。

ファシリテーターは対話の進行役とか、交通整理をするというだけでなく、グループや個々人が抱いている「仮説」を言語化したり、対話の中に「勝ち負け」を持ち込んだりしない規範をつくるために存在します。ファシリテーターは対話をより良いものにしていくためのトレーナーやコーチなのです。対話(dialogue)というスキルを集団が習得するには練習が必要です。

これをせずに、コミュニケーションを良くしましょうといっても、コミュニケーションは良くならないし、ましてや深まりもしません。練習を繰り返していくと、対話している自分たちの状況(プロセス)を客観的に捉える力である「メタ認知」ができるようになります。

メタ認知とは例えば、「今ここで、~~を言ってもいいのかなと恐れている」自分の感情に気づき、その人が「実は、私は今、不安なことがあるんです」と自己開示できるようになり、他のメンバーが「それはどういうこと?」と聴こうとする姿勢になる、というようなことです。このような対話プロセスが成立すると、問題解決は「対決」ではない「協働」の関係の中でのステージに移っていきます。

 

  • この記事の書き手はJoyBizコンサルティング(株)波多江嘉之です。