問題解決に必須の能力 〜アブダクション思考〜

VUCAの時代と言われて久しいビジネス環境の中で不確実性は高まるばかりです。そのような中でお客様から非常に多いお悩みは、「社員の考える力を鍛えたい」というニーズです。現在の環境下では、不確実な環境の中で現在起こっている問題を適切に解決していくことも求められますし、潜在的に想定される事象に対して機会開発的にチャレンジングな問題解決に取り組んでいくことも求められます。そこで表面的・短絡的な思考ではなく、本質を掴みながら新しい知見を生み出すような思考力を発揮してほしい、というのがお悩みの趣旨のようです。問題解決研修やロジカルシンキング・クリティカルシンキング研修などはすでに取り組んでいらっしゃる組織様は多いと思いますが、一方でそれが期待している「思考力」の強化にしっかりと繋がっているかというと疑問を感じている状況も出てきており、プランナーの中でも反省が始まっているようです。そこで今回は、「思考力」をテーマに今何が必要なのかをお届けしたいと思います。

※なお、「思考」以外にも問題解決のポイントはありますので、幅広く知りたい方は、ODメディア記事「問題解決に必須のスタンス 〜メンタルモデルとチームワーク〜」をご覧ください。

問題解決と思考力のタイプ

皆さんは例えば、上司から「問題解決をしろ」と言われた時にまず何を思い浮かべて何から着手しますか?まずは何が問題かを自分なりに定義し、問題が起きている原因を分析し、その原因を解消するアプローチを取ることも多いのではないでしょうか。それもそのはずで、数ある問題解決のトレーニングでそのように教えられるからです。ビジネスでよくあるケースですと「●●(事業または製品)の売上が昨年より下がっている、問題解決しないと」という場面です。この場合「売上が昨年より下がっている」→「原因は何月の売上減少にある」→「(キャンペーンなど)施策を打とう」というような流れです。

 

こうした流れは一般的であり、できるビジネスパーソンにはお手のものであるはずですが、日々皆さんが直面している問題は、こうしたものだけではありません。しかし問題解決の流れは、多くの場合あまり変わっていないのが現状です。

 

「問題のタイプを認識すること・それに応じて活用する思考力を変える」という事実が見落とされています。ビジネスにおける問題解決は具体的には以下のように区分されます。

①発生型問題解決(原因分析タイプ)

現状通常期待されるレベルに満たない事象が発生してしまった場合、意識せずとも問題だと認識できる事象などがこれに当たります。例えば社内システムのサーバがダウンした、というケースや上述の営業売上が落ち込んでしまった、というケースです。

②開発型問題解決(設定タイプ)

現状で不満足なものはないが、よりよいものを生み出すために挑戦する問題がこれに当たります。例としては、これまで営業時間を制限していたが、24時間営業に変化させる、というケースや今までの製品をさらに改良していく、というケースです。

③開発型問題解決(創造タイプ)

②に加えて、現状延長ではない発想で何かを生み出す必要がある、という問題がこれに当たります。例えば、ソニーのウォークマンは音楽を外で生み出すという新しいライフスタイルを作り出しましたが、これまでの延長線上ではなない発想によって新しい付加価値を作るという問題に対して答えを出した事例だと言えます。

そしてこのそれぞれに対して、活用する思考力は変わってくるのです。

思考には大きく分けると2つのパターンがあり、垂直思考と水平思考とに分けられます。垂直思考とは主にはロジックを駆使した思考方法で、ロジカルシンキングは主にこの流れに属します。また水平思考とは創造するための思考方法で、異なる者同士を結びつけ新たなものへと膨らませていく流れを生み出すものです。アイディアを発散させるための技法を学習したこともあるかもしれませんが、そのような技法を駆使した思考法はこちらの流れに属すると言っていいでしょう。

先ほどの3つの問題のタイプに応じてこれらの思考方法を適切に組み合わせて問題解決に当たる、ということが非常に大切になってきます。

学校や研修では教わらないアブダクション思考

さて、もうすこし詳しく見ていきます。垂直思考の根幹を成しているのは論理的な思考力です。そしてこれは多くの企業がロジカルシンキング研修を導入していることからもわかるとおり、土台となる能力であることは間違いありません。

そしてその論理的な思考力の基礎をなしているのが、ご存知のとおり「演繹思考(犬は吠える<一般法則>、ゆえに今目の前にいる犬は吠える<個別事象>)」と「帰納思考(あの犬もこの犬もその犬も吠える<個別事象>、ゆえに全ての犬は吠える<一般法則>)」の2つです。論理的な思考力を高めるというといろんな表現は使われていますが、この思考方法を使いこなす、という趣旨のものが殆どです。しかしこれは、すべて現在までに生じた事象をもとにしている点で過去に依存しているものだと言えます。要は過去からの延長的な発想しか生まれないのです。

そこで出てくるのが第3の論理思考と言われる「アブダクション思考」です。

これは「あの犬も吠える、この犬も吠える、その犬も吠える→これだけ犬が吠えるのは何か要因があるのではないか?→そういえば、犬は見えない存在に対して吠えるという話を聞いたことがある→ひょっとすると、この近所には何か見えないもの(幽霊)がいるかもしれない」という思考の流れです。

<アブダクション思考のイメージ>

アブダクション思考は、過去のものを拠り所としながらも、幽霊の存在を想起している点が決定的に異なります。お分かりのとおり、過去の延長発想ではなく未来に向けた仮説を生み出しているのです。このことから仮説想像思考とも言います。

これは、歴史的に見ても論理的思考の中に位置付けられながらも学校(や多くの企業研修でも)では教わっていない思考法のため、なかなかこの能力が鍛えられない傾向がありますが、先ほど見た開発型問題解決を進める上では欠かせない思考力となります。なぜなら開発型の問題解決は(過去の)原因を探すのではなく未来に向けて機会を開発するアプローチだからです。

冒頭の「思考力の強化」というテーマに対して研修などを実施してきたものの期待する効果を感じられていないのは、このアブダクション思考が抜け落ちているケースが多いためです。これがなければ、過去踏襲型の表面的な問題解決に陥り、結果効果が出ないということが往々にしてあるためそのようなギャップが生まれるとも言えます。

アブダクション思考と創造思考(水平思考)

また今企業で思考力が求められる背景として必ずあげられるのが「イノベーション」です。要は、過去の発想にとらわれずに発想できる思考力が必要、というわけです。

これは問題のタイプでいうと3番目の「開発型問題解決(創造タイプ)」に当たりますが、これに対して、アイディア発散技法などを駆使してその能力を高めようとしている流れも依然として存在しています。

しかしこれもアブダクション思考とセットで高めなければただ突飛なアイディアが出て終わるだけ、というパターンも多いです。アイディアに関する技法は、多くの場合、今取り組んでいるテーマと無関係なものを強制的に結びつけるための技法です。しかし本当に問題解決というアウトプットを得ようと思えば、前提となっている仮説を生み出せなければ、面白いけれども使えない、そのレベルでは投資ができない、というレベルのアイディアに止まってしまうのです。

つまり実際の企業のパフォーマンスに結びつけるための「開発型問題解決(創造タイプ)」を実践するためにも、アブダクション思考は必須の能力となるのです。

パフォーマンスを生み出す本物の思考力とは

以上見てきたように、「思考力の強化」を考える時に大切なポイントは、

・アブダクション思考が鍛えられているか?

・その上で問題のタイプを適切に定義できているか(自覚できているか)?

・そしてアブダクションを含めた複数の思考力を組み合わせ問題にアプローチしているか?

 

という観点で見直すと「思考力の強化」というアウトプットにより近づいていけるものと感じます。本物の思考力とは、天才的な発想でもなく、分析的な知力でもなく、複数の武器を適切に取り扱える力であると言えます。

※このテーマについては、弊社代表恩田著「問題解決のセンスをみがく本 〜イノベーションを起こすために〜」の中で数多くの事例を交えて解説しておりますのでよろしければご参照ください。