「心の力」の歴史②

本記事は「心の力の歴史①」の続編です。体系的に知りたい方はそちらからご覧下さい。

認知行動療法の限界と弁証法的行動療法アプローチ

しかし、ネガティブな思考の癖を知りそれを修正した後に、ポジティブな思考・観念に修正していくと言っていますが、そのポジティブな思考や観念の論理的な正当性はどこからくるのでしょうか?(要は、なぜそんなにポジティブに考えられるの?という根拠のことです。)実はそれは、人生に意義や目的を見つけ出そうとする精神性と非常に密接な繋がりを持っています。そしてそれを見いだすには、

  • 常に「今、ここ」に焦点を当てて、自分自身の思考や感情の変遷に気づくこと
  • その気づきによって体感的に快感情を得ること

これが重要になることもはっきりしてきました。

これは、マインドフルネスなどの「体感的に自身の意思を理解する」というアプローチが同時に求められてきた、ということでもあります。

つまり認知行動療法アプローチ自体が認識しているところですがそれだけでは、片手落ちなのです。要は、「今までのネガティブな思考パターンよりもこちらのポジティブな思考パターンの方が力が発揮出来るのではないか?」と仮説を立てるところまでは思考を駆使すれば辿り着けるのですが、それを深く納得し(悟り)、実践し、それが効果的であると立証するためには経験によって気づきを得るしかないということです。

人は物事をこれまでの経験とそこから形成される認知の枠組みで理解しようとします。

しかし例えば、スルメの味を言葉で説明しろといわれても正しく説明できないしコミュニケーションを取ることも、伝えることもできません。「とにかく何でもいいから噛んでみてよ、理屈はどうでもいいから」といって実際に経験してもらうしかないのです。

ただし仮説を立てること自体も実は大変な作業です。中途半端な知識や理解では、自分の思考パターンに気づくこともできず仮説は立てられません。従って通常は、自分の思考パターンを認識し、論理的に苦労してその思考を書き換えていかないと仮説がすぐに崩れてしまいます。またそういったもろい状態の仮説のままで体感や経験をしても深く納得する(悟る)ことはできません。

※そういった意味である程度最初から自分のネガティブな認知を自覚し、変えようとしている人でなければ、マインドフルネスなどの体感的な技法も無駄な努力になる可能性が高いと言えます。

レジリエンスを得るには論理も経験も共に必要になると言えます。そのためレジリエンスを高めるには認知行動療法アプローチとマインドフルネス(体感)アプローチとを統合して始めて開発が可能となってくるのです。

そしてこの両者を統合して開発されたアプローチが「弁証法的行動療法アプローチ」になります。このアプローチは、「うつ病」といった慢性疾患以上に反射的感情制御の必要性の高い「境界性パーソナリティ障害」の療法として認知行動療法が意識的な感情を対象にするのに対して弁証法的行動療法はより生理的な情動も対象に含めています。

弁証法的行動療法の技法

レジリエンスにおいて日常的にポジティブで柔軟な思考パターン・観念を形成していくには認知行動療法は非常に強い道具となります。しかし意図的に自分の感情を奮い立たせたり、瞬間的に生じるストレスによる「情動」を押さえたりするには、認知行動療法のアプローチではカバーしきれません。

またマインドフルネスも「ヒーリングや癒し」としては効果的ですが、認知やその源泉となる人の意思に影響を与えるものとしては、こちらもカバーできないのです。

そういった両者の穴埋めをすべく生み出されたのが弁証法的行動療法です。

従ってこの療法には両者の強みが生かされている上に、更にそこに足りない部分が効果的に補完されています。それゆえに、うつ病よりも扱いが難しいといわれる境界性パーソナリティ障害に有効に作用するというエビデンスが得られているという経緯があります。

ちなみに具体的にはどのように弁証法的行動療法を実践するのかというと、以下の5つのトレーニングアプローチがあります。

<弁証法的行動療法の5つのアプローチ>

  1.  苦悩耐性トレーニング:情動の嵐による心理的苦痛をそらし、落ち着かせる訓練。
  2.  マインドフルネストレーニング:「今・ここ」に焦点を当てて集中し、感情を制御する訓練。
  3.  感情調節トレーニング:感情を調節し、感情を引きずらない、切り替える訓練。
  4.  自己理解(認知行動変革)トレーニング:自分の観念を内観し見直す訓練。
  5.  対人関係トレーニング:対人間での感情問題を未然に防ぐ訓練。

これまですべての心理的な療法において東洋の瞑想法や日本の禅が応用されている事実は広くしれわっっていることですが、改めてJoyBizではこれらのトレーニングを精査してみました。結果、対人関係以外の技法は全て禅の修行法で構成されていることがわかりました。(禅は本来自己の開発技法ですので、対人関係はその思想に入っていない、という事情もあります。)

「心の力」はレジリエンスからモメンタムの時代へ

さてこのあたりまでが、「心の力」の開発に向けられた努力の歴史とレジリエンスの発展経緯ですが、ビジネスにおけるリーダー育成や人材開発では、今新たな壁に直面しています。人の「心の力」は確かにレジリエンスを身につけることによって、プレッシャーに押しつぶされることなくしなやかに逆境を切り抜けていくことができます。しかし現在の変化の激しいビジネス環境において今「心の力」に求められているのは「プレッシャーに押しつぶされない」ということだけでなくそれを前提として「イノベーションを起こし、新しい価値を創造していく」だと言えます。今直面している新しい壁はイノベーションを起こしていくクリエイティブでバイタリティのある「心の力」をどう開発していくかという壁です。「レジリエンスの先にあるもの」が求められる時代になっています。

この力を「モメンタム」と言います。レジリエンスの効果が「プレッシャーに負けそうな人を支援する」ことにあるとすればモメンタムの効果は「(うつ病のようなメンタル面の落ち込みはないが)パッとしていない人をエネルギッシュにクリエイティブにしていくことを支援する」ことです。

そしてこの開発のためには、手法としては理論と体感を同時に実践する弁証法的行動療法をベースとしながらも、幾つか必要となるものがあります。

それは、

  1. 意(意思)の開発 → 
    • 自分自身の意思を問い直す
    • 意思の形成に役立つ哲学観や本質的な思想・もの(リベラルアーツなど)を理解する
  2. 自分を奮い立たせる力 → 
    • 自分自身の情動を制御するだけでなく、奮い立たせる心のあり方をつかむ(日本においては禅のみならずヨーガの技法は参考になります)
  3. イノベーションを起こす思考力 → 
    • 分析的・論理的な思考だけではなく仮説的・跳躍的思考をする(アブダクション思考・クリエイティブシンキングなど)
  4. 周囲との信頼関係 → 
    • 周囲を信頼し、信頼されている関係性を作り出す(相手を信頼し、信頼されている関係が論理・感情的な勢いを生み出す)

の4つです。

※「個人の」「心の」力、という切り口からすると③は知(思考)の話で④は対人関係の話なので厳密に言うと本論から外れるかと思いましたが、イノベーションを起こしていく人材開発には必須の考え方なのであえて掲載しております。

この4つを有機的に組み合わせることで、土台としてのレジリエンス、さらに飛躍していくためのモメンタムまで「心の力」の開発が可能となります。

皆様の組織では、今人材開発の課題は何と定義し、どのように開発しようとしていらっしゃるでしょうか。こうした歴史的経緯を確認すると今の施策の効果性を高める一助となるかもしれません。ちなみにJoyBizでは、「心の力」の開発に最も歴史があり、かつ修練されている禅寺と共同して禅の体感技法を理論的背景とともに取り入れながら、弁証法的行動療法の技法を用いたプログラムを開発し、各組織様でご支援をしております。今お考えの施策にお悩みであればお気軽にご相談ください。