コギャル特集⑥:「人材育成」に対する認知相違(メルマガバックナンバー)

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本日は、私が先日ご一緒した企業様とのやり取りの中で感じた一つの認知相違がありましたのでそちらをテーマに書きたいと思います。

 

現在はどの企業でも人材育成・部下指導などのありかたについて悩まれている方も多いのではないでしょうか。

実際に育成のための様々な手法やスキル(少し前はコーチング、最近ではダイアローグコミュニケーションなど)は開発されているものの、なかなか意図通りの成果を上げられていない状況も多いと聞きます。

今回はまさにそんな状況の背景にある「人材育成に対する認知相違」についてです。

 

その中で様々な意見交換を行ったのですが、事例的に「こんな若手にはどう接する?」ということを話し合っていた場面で、意見が分かれたのです。

事例とは、

「若手社員が仕事でミスをした。しかしやり方を教わっておらず、周囲にどういう影響がでるかもわからず、結果として

本人からするとそれをミスとも理解できていない状態。そのままの態度で仕事を続けてしまい周りも彼が態度を変えてくれず困っていた。」

というような状態設定です。

 

こうしたケースはよくあることで、大体

・態度を変えない本人の人格が問題

・教育を提供できていない環境の問題

などのように大きくは分かれるところだと思います。

もちろん実際の状況は千差万別なので正解はないわけですが、企業マネジメント、人材育成の原則上は「やってみせ言って聞かせてさせてみせほめてやらねば人は動かじ」ですので、やはりしっかりと教育側の関わり方をもっと密にしたうえで本人にもフィードバックし、次からどう行動を変えていくか考えてもらうようにアプローチする、というようなことが原理原則的には必要だと思われる場面です。

 

先日の研修会ではこうした事例を前に、皆さんが本人の資質問題、環境の問題など自分の状況にひきつけながら多様な意見を出してくれましたが、やはりミスをしたときにそれを「自分はミスをしているのだ」と自覚させるための会話は必要だという意見は原則的に皆さんが「確かにそうだ」となっていきました。

しかしこんな意見も出てきました。

「ミスを自覚させるための会話がないのは確かにマネジメントの責任かもしれないが、それでも悪いのは本人だと思う。なぜならそんなミスをするのはそもそも資質が足りていないから。」というものです。

 

こうした意見の異なりは現場ではよくあることではないでしょうか。

ありふれた場面のように見えますがここに大きな認知相違が横たわっています。

「はじめの指導はマネジメントやOJTの責任」 vs 「いやそれでも本人の資質の責任」

みなさんはどちらに共感されるでしょうか。

 

実は原理原則は大切だと思っていても、なかなかそうした人材育成が浸透しないという背景に育成側のなかにもこうした認知相違があるのではないかと思います。

本人の資質の責任という立場の背景には、そもそも採用段階での問題なども無自覚に意識されているケースもあると思います。

事実、優秀な人材しかとらないのが戦略だという会社もあるくらいですので、それが悪いわけではありません。

ただし多くの企業ではそうした戦略をとれるポジショニングにはおらず、そうなれるように日々成長を志している状況だと思います。

ということはどうしても「育成」に重きを置かざるを得ないと思います。

 

結論としてこうした認知相違をうまく調整するしかないのです。

「本人の資質の責任」という立場の背景には、「これくらいわかるだろう」という「常識的な判断」があるかもしれません。

しかし常識はあくまで個人の中での常識です。そのため、ここでも認知相違が育成を阻害する関係性問題となってしまいます。

大切なのは、どちらが正解かではなく自社ではこうだ、という握るレベルを模索することであり、その過程で自分自身が無意識に持っている立場を自覚することだけでも握るレベルを模索する対話が始まったりします。無自覚状態だと事態は膠着したままになってしまうわけですね。

 

みなさんの職場での人材育成はどうでしょうか?なかなか関わりがうまくいかない背景には関係者同士で上記のような認知に違いに目を向けることから始めるのも一手かと思います。