• 組織の中枢に存在する真の判断基準行動基準:「権力」を理解する ~ソモサン第223回~

組織の中枢に存在する真の判断基準行動基準:「権力」を理解する ~ソモサン第223回~

ショートソモサン①:行動につながるホルモン「ドーパミン」の存在とその活用

皆さんおはようございます。

最近の脳科学の進展は目覚ましいものがあります。その中の一つに動機づけと脳の働きの関係についての研究があります。

それによれば、人は脳内にあるドーパミン(神経伝達物質)が出れば快楽を感じ、そのドーパミンは興味のあることや面白いことをしている時に出るということで、このことは、何か面白いことをやろうという動機づけがされれば、ドーパミンが分泌されるということが分かってきています。つまりドーパミンが分泌されれば「何かをやろうという気になる」ということになるということが明らかになってきているわけです。と云うことは、そう今一つ乗れないのであれば、乗れるようにドーパミンを分泌させるアプローチをすれば良いのです。

ただこの話、そう単純ではありません。更なる研究によれば、ドーパミンの分泌はあくまでも「何かをやろうという気に対しての作用」であって、それは必ずしも「面白い」といったポジティブな方向だけではないということが分かってきたのです。研究では「何かをやろうという動機づけが行われるときにドーパミンは出るが、それはいいことを期待する場合だけではなく、嫌なことから逃げようという時にも排出される。つまり消極的な動機であっても、何かをしようという時にはドーパミンは出る」ということを論じています。ですから単純にドーパミンが出るようなアプローチをしても、状況によっては返って逆効果になりかねないわけです。またドーパミンの本質的な作用は「何かをする方向に対してそれを増幅するように働く」ということだそうで、これはもし今ネガティブな状態であれば、それをドーパミンは増幅させる作用を担うので、状況はますます裏目に出るということに繋がります。 さあ困りました。どうすれば良いでしょうか。

まず考えられるのは、ドーパミンを出す前に心構えをネガティブからポジティブに調整すれば良いということです。 でもそんな術はあるのでしょうか。しかし先人は科学を知らなくても体感的に様々な摂理を生み出してきています。あるのです。

それが「マインドフルネス」です。実は脳科学ではドーパミンと同様にセロトニンと云う神経伝達物質の研究も盛んに行っています。それによれば、セロトニンは「消極的や悲観的という感性に関係している。セロトニンがないと不安傾向が強く、悲観的になりやすい」ということが分かっています。つまりセロトニンは「何かを抑制する方向に働く」作用を担っているということが分かってきています。そしてそれはドーパミン同様に、それがポジティブであろうがネガティブであろうがそういった方向性に関係なく、抑制するという方向に働きます。

このことはもしも気持ちがネガティブ方向な場合には、まずセロトニンを分泌させるアプローチによって気持ちを穏やかに抑制させ、しかる後に気持ちを切り替えてからドーパミンが分泌されるアプローチをすれば効果的であるということを指し示しています。

でもそう簡単に気持ちは切り替わるのでしょうか。ここで皆さんこれまでを振り返ってみて下さい。人の本性はどうだったでしょうか。そうポジティブが基調なのです。だれもネガティブに生きたいという人はいません。ということはマインドフルネスで調律された気持ちは、よほどの人生的な傷がない限りには(この改善策はその内触れます)ポジティブ方向に向かっているということになります。

一般の健康的な心理状態の人であれば、そのままドーパミンが分泌されるアプローチで気力は増幅されてくることになります。このアプローチこそがモメンタムの本質です。具体的にはイメージ法や体感法、対話法など様々な技法があります。

でも申し訳ありませんがその話は次回にさせて下さい。今回は先週に引き続いてで、もっと組織開発的に核となる話に内容を振りたいと思います。

ショートソモサン②:権力への欲求とドーパミン:権力は論理と感情に次ぐ第三のアジェンダ

先週、「組織と小集団の違いにはもっと大きな違いがあります。それは権力といわれる力の論理の取り扱いです。力が持つ影響への理解と効果的な取り扱いの術を会得しているかどうかの話です」という言い回しでブログを閉めさせて頂きました。そのケリを付けることにしましょう。

実は先のドーパミンの話ですが、研究ではもう一つ大きなことが明確になってきています。それは「ドーパミンは報酬回路を刺激する」ということです。一般的にはそれを利用して、「褒められることでドーパミン神経が刺激される。褒められると、褒められるという報酬によって快楽が生まれ、もっと褒められたいということを繰り返すようになる。叱るよりも褒める方が脳は喜び、力を高め、褒められることで物事の捉え方が前向きになる。逆に人は叱られるのが嫌なために新しいことに挑戦しなくなるから、人に対しては褒めることを基調にアプローチするのがベストである」といったマネジメント話に持っていきます。

しかしこれだけでは現実の効果的な介入には一歩足りません。この報酬回路とドーパミンはもっと人の本質に影響を及ぼしているのです。

人の認知や判断、行動の選択は論理的な「正否」「合理」といった能率的な世界感情的な「好き嫌い」「ポジネガ」といった反射的な世界があります。そしてその生成的なDNAレベルでの作用から論理を感情が駆逐することが知られています。この非合理は動きは知性のレベルに比例して生じます。

ところで皆さんは世間を見渡す中で、本当に知能レベルが低い人ばかりが怒りや悲しみに任せて衝動的に動くように思いますか。知能は十分に働いている。否むしろ論理的が故に常識では思えない判断や行動を取るケースを幾多となくご覧になってきているのではないでしょうか。この矛盾は一体何でしょうか。

ここに働くのが第三の判断基準です。論理的でもあり感情的でもある。両者を輻輳させた判断や行動の基準です。社会的な合理ではないが自分にとっては合理である。

きちんと自分の感情をメタ認知出来てはいるがその感情を超えた気持ちで論理を超越させる。こういった判断基準で人は時に歪みともいえる行動を取ります。人にとって論理や感情を凌駕する最も影響的な判断基準。それが「権力」という力への認知です。

権力とは「他者の気持ちに影響する重みを持った波動」のような存在です。軽く云えば「影響力」ですが、もっと強い刺さり方をする存在と云えます。そして人は皆この権力をそれぞれに測りながら自分の行動のあり方を判断しています。

では何故人はこれほどまでに権力に反応するのでしょうか。それは権力の源泉が人が持つ報酬回路と直結しているからです。ドーパミンのところでご紹介させて頂いたように、人が「何かをやろうという気になる」のはドーパミンと深く関係しています。これは「報酬がドーパミンを活性化させやる気を生み出す」ということです。そして例えば「褒められると、褒められるという報酬によって快楽が生まれ、もっと褒められたいということを繰り返すようになる」という現象を生み出します。それはやがて「自分で自分を褒める自由を持つ」という気持ちにも発展していきます。こうして人は報酬に強い関心を持ち、報酬の源を所有したがるようになります。また報酬の持つ影響を発揮したくなっていきます。より強く、より広く。何故ならば自らが報酬の刺激に対して受動者から能動者の位置にいることこそ自我地位という欲求に則するからです。

当然報酬の度合いが強ければ強いほど人の反応は強くなります。そうして人は報酬の源を誰が所有するかを最優先に反応するようになります。これこそがパワーの発生源が持つ魔力です。これは麻薬が持つ力に酷似しています。麻薬とは外界から投与されることによって人為的に脳内のドーパミン活動を亢進させ、その場凌ぎの快楽を感覚として生じさせる物質です。しかし神経系統に無理をさせるので、神経を暴走させることになり、それが切れると相当の反作用が生じます。それが依存を生み出す原因にもなっています。権力が持つ魔力は内受容感覚(身体や心の状態を感じる)が感情に影響しますが、その反応は似たようなものです。

ここで酷似と云ったのは、「何かをやろうという動機づけが行われるときにドーパミンは出るが、それは良いことを期待する場合だけではなく、嫌なことから逃げようという時にも排出される」ということに起因します。報酬と云うと聞こえは良いのですが、見返りにはプラスもあるがマイナスもあるのが現実です。そしてどちらの刺激も動機に強い影響を及ぼします。つまり消極的な動機であっても、何かをしようという時にはドーパミンは出るということです。マイナスであっても出ます。

要するに意欲は一般的にプラス方向の行動に結び付けがちですが、実際にはマイナスを避ける行動を取ろうということも意欲の表れであるということを示しています。これが依存心の起点です。プラス感情を享受した反作用としてのマイナス感情が強いほどそれを逃れたい、再度享受したいという欲望は強まります。最早論理も日常的感情など入り込む余地はありません

ショートソモサン③:組織開発に必要不可欠な「権力」エンジニアリング

これほどの影響が及ぼせる存在が権力です。それを得たいのもそれから逃れたいのも、またその庇護にあやかりたいのも強烈な本能的な感情となります。

組織とはこの権力が輻輳する場です。そしてこの権力だけが小集団における感情的ネットワーク組織における論理的ネットワークを凌駕する存在になります。そう組織の中の人は信頼のような感情的繋がりよりも合理のような論理的な繋がりよりも両者にまたがる権力的繋がり、パワー構造に殉じて行動選択をします。どんなに人が良く見えても権力の下では平気で嘘をつきます。どんなに知力が低くても動物的な権力構造の中で謀略を弄します。またどんなに論理が立つ人でも「計算高い」というように権力の元ではその力学に応じた論を展開します。そこに公理も公平もありません。そこに善悪などは通用しないのです。

だからこそ重要なのはバランス感覚です。特に権力保持者の差配で全ては決まるという自覚が組織の命運を決めます。バランスとは気持ちだけの話ではありません。能力も重要です。小集団の論理とは「率直さの論理」と云います。これは感情的な差配です。対面関係では信頼関係が動機を促します。ですから権力の所在も好き嫌いのような情的評価になります。やっていること、努力を直視できますし、日頃をよく観察して適時に評価できます。人間関係も相互に視認できるので差異は少なくなります。こういう人は何でも関係力で何とかなると思い込んでいる人です。中小のワンマン社長の多くはこのタイプです。

一方で組織になると状況は激変します。感情は通じません。時間的差も出来ますし、遠隔地になると価値観も異なります。最早感情は出来る限り除外しないと公平さはなくなります。ここで重要なのは論理です。論理を支えるのは秩序だった仕組みになります。そして縦横な情報の交流になります。ですからここで求められるのは出来る限り漏れや歪みのない情報の精緻化です。また俊敏性の確保です。場は「演出の論理」になります。

さてこういった組織に「率直さの論理」や「権力の稚拙」を持ち込んだらどうなるでしょうか。例えば人は嘘をつきます。保身で姦計を弄したりもします。自らが権力をなくし、存在の危機に陥った場合人は善意ではありません。それを率直さの論理や感情や信頼などと云う太平楽な視点で権力行使をしたら組織は瓦解します。ここで求められるのは「解決の為のクールな論理力」です。

しかし人は感情で動く存在です。論理一辺倒でも反発が起き、集団が崩壊します。組織は小集団の集積体ですから、どちらへの差配も必要になります。だからこその「演出の論理」になるわけです。ポイントは「解決の論理の中に関係論や人間論を組み込むことです。面白いことに論理力の人と話していると関係力の面がごっそり抜け落ちている人が多くいます。頭では分かっていても動けない。コミュニケーションも稚拙ですし苦手。特に日本のパワーエリートに多く見られます。非常に不思議です。また論理傾斜の人はネガティブ思考の人が多い。これこそ関係力不在の論理力です。

しかしながら問題解決力が対人関係力だと思い込んでいる昭和な人材よりはかなりましです。こういう人が権力を持ったら本当に怖い。権力を論理的に理解していないから、その扱いにおいても影響においても始末に負えません。後は死屍累々になります。優秀なものが日の目を見れず、ゴマすりや腰ぎんちゃくが闊歩する。それを見て社員は白ける。やる気をなくす。

私も小集団の論理で権力を持ち、それを組織で行使したが故に会社に不信感や歪んだ権力構造が勃興した事例を幾多と見てきました。「自分の影響力がそこまでとは思わなかった」「まさか自分の場凌ぎの処断が通例を作ってしまうとは」といった話は枚挙に暇がありません。

また中小企業へ赴くと、何時までも小集団的に一人によるお山の大将体制で、組織を動かす力もないのに、せっかく才能ある部下がいてもその人に頼れず、人材を腐らせている時代錯誤の人もいます。出来ないならば任せる。その時に大切なのは幹部は運命共同体だという意識を持つです。つまりその中では上下ではなく一体となって得意な人の意見には従う。また頼ることが出来るか否かと云うことです。同時にその中では下側の人も一体となって具申したり、判断をすることが大事です。運命共同の中で権力構造が意識的でもある限り、そのガバナンスは無機能になります。利害共同である関係と運命共同である関係をきちんと理解して分けて事に当たる。これも組織における演出の論理です。

組織における運命共同体と利害共同体の区分けとアプローチの演出ができる能力を組織が内在できているか。これこそ組織が成長できるか否かの生命線です。

これを私に教えてくれた経営者も自らは組織の演出は出来ましたが、次の経営者が小集団の方が出来ず、結局その次は組織が出来ずで、組織は成長どころか縮小の一途です。歪んだ権力が蔓延り社員は「騙されて入った」とお客さんに愚痴る始末。本当に組織の理論は精進を続けないと脆い存在と云えます。

ぼっちゃんが太平楽に組織の長になった場合や小集団的な組織が合併などで大型化した場合、フォローウィンドで大したマネジメントでなくてもやりくりできた組織がアゲインストになり、体質や体力が問われるようになった場合など、今やその権力の稚拙な扱いがガバナンスに表出して苦難に突入している組織が一杯あります。

今こそ組織の論理権力の構造と云ったパワー理論をしっかりと身に着けて組織をイネベーションしていってほしいと各企業に切に願っています。

 

次回はモメンタムの実践編を少しご紹介して行きたいと思っています。

それでは皆さん、次回も何卒よろしくお願い申しあげます。

さて皆さんは「ソモサン」?