• ティーチング無くしてコーチングなし~影響力の磨き方~ -ソモサン第205回-

ティーチング無くしてコーチングなし~影響力の磨き方~ -ソモサン第205回-

ショートソモサン①:体験学習のプロセスとコーチング

皆さんおはようございます。

私たちが携わっている組織開発と云う世界には、主にK・レヴィンに始まる「体験学習」という考え方が背景にあります。最近では「経験学習」という言葉もありますが、これも体験学習の考え方を長期的に捉えた見方なので、そんなに違いはありません。体験学習は 実際的な活動体験を通して学ぶことを狙った学習形態で、そもそもは集団の相互作用を学習者自身が体験して学ぶTグループ(感受性訓練、ラボラトリー・トレーニング)というヒューマンスキル開発の訓練法が源流になっています。

体験学習の流れは下記のように従来の知識学習と異なります。

<知識学習のプロセス>

一般的情報や知識の接触→認識向上気付き、学習→実践応用、内在化

<体験学習のプロセス>

実践体感→閃く、気付く→認識転換、学習内在化、情報化する

 

この狙いは、枠組みを教えて使えるようにするのではなく、枠組み自体を形成したり、転換して拡げることであり、過去に基づいた因果分析ではなく、未知の未来を見据えた機会開発の思考を生み出すことになります。この体験学習、現在の日本における学校教育での既定の知識や情報の詰め込み学習による社会人段階での弊害、云われなければ動けない、過去の延長でしか物事を捉えられないといった問題に対する有効な能力開発手段として注目をされている学習方式ですが、一つ問題があります。それは幾ら異質な体験をしても、その判断基準となる基礎力だけはないと、思考の歯牙に関わらないと云うことです。当然そういった基礎力がないと気付きや認識も弱いので、一般化や実践化に至らないということもあります。その為体験学習では「体験+知的理解」という二本立てを重視しています。しかし残念ながら巷の学習を見る限り、体験学習を「体験」だけで論じたり、反対にその姿だけの判断で「体験学習」を拒絶して「知識学習」に拘泥する人の方が多いのは、まずはやる側の無知蒙昧さに嘆息する面が大の状態と云えるのが現状です。折角の体験も知的理解によって一般化し、長期記憶に繋げなければ学習の意味がありません。そういった意味においては基礎力としての知識学習も大切な学習方式ではあるわけです。

さてこの体験学習、社会人教育では一般に「コーチング」と称されています。そして知識学習が「ティーチング」です。

中途半端な体験学習が蔓延る中、コーチングが声高に叫ばれるのが昨今の社員教育の状況ですが、先に述べたように、無知には何を訴えても「暖簾に腕押し」ですし、まして幾ら体験させても気づきの誘発は不可能です。

企業内でも最初に情報を与えず、いきなり騙し打ちのようなことに取り組ませて、出来なかったら無能扱いするという蛮行がちょくちょく見られます。この場合、「自分が知っているからは当然相手も知っているはず」と云った「正当性バイアス」とか、歪んだ集団主義の平等感によって「それくらい誰でもできる」「出来ないのは能力ではなく努力の問題」といった実に論理的でない思い込みが後押しをしているように思えます。本当に日本人は同一的な価値観が長々と続いてきたために「阿吽」の呼吸が大前提でなければならない、とかいった可笑しな風潮が至る所で顔を出します。 グローバル社会におけるダイバシティに付いていけない致命傷の原因がここにあります。特に地方に赴くとこういった価値観が平然と横行するのには閉口します。最初はすべてティーチングしないと種がない中で芽は出ないのです。但しそこに必要以上の肥料、中でも甘やかしの化学肥料を与えないのは当然のことです。芽が吹いたら、そこからは自助努力で生命力を身につかせなければなりません。その時にこそ体験学習が意味を持ってくるわけです。

ショートソモサン②:ティーチングのポイント~山本五十六から考える~

では今回はティーチングについてお話をしていきましょう。ティーチングの要諦は一つ、「ティーチングは論理である」ということです。その効果的なステップとして役立つのが「山本五十六」の言葉です。

「やってみせ、云って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は育たず」というあれです。

①まず導入ですべきは、やる気にさせることです。それには、教えることの意味、価値、目的、効用を伝える(仕事の背景、位置付け、目的、使命:何のためにやるのか、目指しているのは何か、誰に何に貢献するか、習得することで自らが最終的にどのようなことができるようになり、どんな貢献ができるようになるか)ことが先決です。特に相手に対する期待、奨励を伝えることが大事です。簡単なようですが、巷を見ていると、すぐに内容に入る人が大多数です。人は感情の生き物と云うのが大前提。もっと人に関心を持ちましょう。この時山本は安心は背中を見せることである、ということで「やってみせ」を推奨しているのです。

➁やって見せる、つまり提示としては、何よりも見せる、見本や手本、実例を提示する、現場で実際の作業を見せる、営業の同行すると云った風に五感に訴えるのが大切です。そして事前に観察ポイントを示して、実際に行った後に、疑問点を質問させて確認することで気づきを誘発するのが有効です。

③そして次が説明です。言って聞かせるです。これはワケ(意味や意義)を伝える、教える内容の全体像や時系列の流れを説明する、部分部分の必要な知識や具体的なやり方、コツを伝えるとうことになります。相手のレベル(知識、理解度、経験)を考え、何故やるのか(目的、意義、理由、全体における関連性)を最初に説明し、次に何をするのか(やるべき内容、項目)を説明します。そして最後にどうやるのか(方法、手段、ノウハウ、手法、コツ、ツボ、ポイント)を伝えるというのが流れになります。

④説明の次が、させてみる、つまり適用させるという流れになります。ゴール(目標)、期限(時間)、達成レベルを再度確認することで目的意識を啓発します。ここでは本人に考えさせてから始めさせ、途中で止めず、最後までやらせる、実施後に途中の取り組みのプロセスについて詳細な報告をさせる、と云う風に化学肥料を与えず、自助努力で進めさせます。

⑤そして最後が褒めてやる、評価や指摘です。この時に重要なのは、まずは自己評価をさせ発表させるということです。最初に自分の基準を認識させます。次に教える側からの全体評価を簡潔に伝え、その際にその評価の基準やポイントも伝えます。自分の基準のあり方を補正させるわけです。この時に忘れてならないのがポジティブ・アプローチです。良い点を褒め、動機付けをし、ここを開放状態に誘います。その上で改善点を最後に伝え、自身で考えさせて向上を煽るわけです。

⑥そして次からは体験学習になります。試行として自ら考えてやらせる段階に入ります。次の段階の目標設定と具体策(行動計画)を本人に考えさせ、応用力を啓発します。その上でより飛躍を期して、同時に全体とのバランスを考えて補正を行うために、その行動計画にアドバイスをし、本人が理解納得した大事なポイントや改善する点を、自ら意識して取り組みように促していきます。これこそマネジメントの肝です。マネジメントとは指導示唆ではなく、全体調整と補正が主業務なのです。

ショートソモサン③:ティーチングの要諦は「人を見て法を説く」こと

さて上記の流れでも認識できるように、ティーチングに重要なのは「人を見て法を説く」意識です。言い換えると相手のパーソナリティを見てアプローチをする、ということです。それには3つの着眼点が求められます。

①教える事柄に対しての相手の知能的レベルを考える(基本的な知識、技能としての経験の有無)。

②相手のタイプを考える(特徴、特性、習慣的な行動や傾向)。

③意欲的レベルを把握する(意欲:やる気と自信の程度、意気込み)

ティーチングにおいては「わかりやすい伝え方」ということも重要な要素になります。これにはコンテンツ(内容としての分かりやすさ)とプロセス(受け止めとしての分かりやすさ)の2つの側面があります。前者はパーソナリティの①と後者はパーソナリティの②③と密接に繋がっています。コンテンツの面に関しては多くの切り口がありますが、今回はその中でも有効な一つをご紹介しましょう。それは「売れている本が構成的に具備している要件を押さえる(タイトル:書名、目次、本文の順で伝える)」というアプローチです。売れる本は目次やはじめにという前段の文章で次の三項目がしっかりと抑えられています。

①まずは主題(伝えたいテーマ)と全体像、そして鍵となるメッセージを示す。

②次に全体の構成や項目について話す。

③それから各項目について具体的に述べる(5w1h、例え話、具体事例)。

そしてもう一つがプロセスです。これはある種の王道があります。不文律と云っても差し支えないでしょう。プロセスには分かりやすい話の展開と云う論理プロセスと気持ちを乗せる心理プロセスの2つの側面があります。

①明確にゆっくりと自信を持って話す。

➁相手の反応を察知する(相手の理解に合わせて話す)

③言いたいことから始めるのでなく、質問して伝える。具体的には、何が大切か考えてもらう様に、具体的な行動を問う質問をする、ということです。この時、質問は短く、必ず少し間を多くする、返事ではなくこちらの説明に集中してもらうということがポイントになります。

④関心を持ってもらう。具体的には、これから話すことへ意識を向けてもらう前振りをする一言を言う、相手が今一番意識していることの具体的な内容と結びつけた一言を話す、といった演出をするということです。

⑤相手にメリットを感じさせる。教える内容の意味や意義を伝え、相手のメリットにつなげる様に話します。例えば、仕事が簡単に楽に進めることができるようになる、仕事に役立つ、自分が評価される、人から褒められたり認められる、人から感謝される、仲間から賞賛される、下から尊敬される、自分の好きなことが出来て満足感が得られる、達成感や充実感が得られる、といった利点を強調します。

⑥しっかりと確認をしてお互いのレベルを擦り合わせる。それによって自己理解のズレやブレを無くす、記憶を定着させます。そのあ為には、繰り返す、要約する、キーワード化する、自分イメージを持たせる(聞いてみる)といったアプローチを駆使させます。

補足となりますが、幾ら分かりやすく伝えても、きちんと記憶されて実行に繋がらなければ意味がありません。それを可能にするには、前提として日常的なアプローチをしっかりするのも重要になります。

①常に内容のメモを取らせる。その上で認識、思考、行動の修正をサポートする。

➁質問を習慣づけさせる。それには日常的にノートを取る習慣を身に着けさせる(質問ノートを持たせる)ことが大切になります。

こういったコミュニケーション上のテクニックを、マネジャーといった伝える側はきちんと履修して身に着けて置かなければティーチングと云った行為は効果どころか意味自体を為しません。

特にポジティブ・マネジャーは相手を動機付けて前向きに実践を促すアプローチを目的としていますが、その目的自体は決してポジティブとばかりは限りません。艱難辛苦を越えなければならない課題も一杯あります。だからこそ伝える内容は的確でかつ具体的でなければなりませんし、クリティカル、つまり多少ネガティブな側面を含んでくることを認識しておく必要があります。ポジティブ・マネジャーにとって重要なのは成果を出すことです。出来ればシナジー的な効果も期待するところです。それには気持ちの前向きな高揚は欠かせません。だからこそティーチングはより分かりやすくなければなりません。ティーチングの技術あってこそのポジティブ・マネジャーなのです。

ショートソモサン④:ビジネス現場でのパワーの取り扱い方

では今回は更に少し「パワーという存在を知り、力の認知をコーディネートしていく」というお話をご紹介できればと考えています。

今回コミュニケーションの領域で「ティーチング」というアプローチをご紹介させて頂きましたが、人が実践行動に出て、成果を生み出すには、「やれる」とか「やれるかもしれない」といった実感や「やったに値する報酬を得たい」という実感が不可欠になります。この実感に密接に絡み合うのが「パワー」という存在と「その認知に基づいた人の動機付け」といった気持ちの領域です。

ではまず「力」とは何かから話を進めていきましょう。

ここで言う力とは「他者への影響力」を云います。よく影響力のことを権力と断じる人がいますが、権力と影響力は別物です。本来影響力は自発的なものではありません。「相手から見て影響をけた」と認知されるのが影響力です。つまり影響力とは他発的な存在なのです。そしてその影響力を一定の目的のために意図的に操作し、自発的な管理下に置くのが権力です。また権力ではその関係上「相手が付き従うべく一定の威力を抱く」ことがあります。この威力を権威と称していますが、権威は上下において他発的に抱く影響力なので、権力と権威は異なる概念になります。この権威に順ずる概念が権限です。権限は権威を他力的に付与された影響力と言えます。

「影響力は権限からは生じない。権力こそが影響力の源泉である」と云ったのはリーダーシップ論の第一人者であるハーバード大ビジネススクールのJ・コッター教授です。彼は「アメリカでは権力を快く思わない風潮がある。権力を欲しがる人を怪訝に思う心理がある。そして自分が権力を行使しなければならない時、後ろめたさを感じる面がある。それは権力が自由・平等・博愛に基づく民主主義の論理に合わないからである」と断じました。

その為か欧米では研究分野において率直なテーマとして扱われてこなかった経緯がります。この心理は、それこそ戦後その米国の影響力を強く受けた日本でも同様な傾向にあります。しかしながら現実の社会活動では、人は権力によって動きを起こすと同時に、人の心中には影響を及ぼしたいという欲求が内在していると認知しているという実態があります。人に自我地位の欲求がある限り、人は他者からの束縛から逃れて自由でありたいし、その為には自らが影響されないように影響する側に付きたい、その為の権力を持ちたいと思うのはごく自然な反応だからです。このことから権力への欲求反応は一概に野蛮であり必要悪な感情とばかりには断じれないということが見えてきます。何れにせよ力の研究がこれまでおざなりにされ(せいぜい力の資源論くらいです)、これがマネジメントの世界で大きな歪みを起こしていることだけは間違いのない話です。

社会においてそれぞれが担う仕事は他の様々な人の仕事行動に依存しています。特にマネジメントを必要とするビジネス社会ではそうです。中でもマネジャーの仕事においては依存関係は不可避といえます。マネジャーは多くの人たちに依存して情報を収集し、他者の力を借りながら協力関係を築いています。

しかしこういった依存関係が思い通りに動くならば問題はありませんが、実際はそれぞれの人達は力量差があったり、都合があったり、時には個々の目標観や価値観、或いは見解が違ってズレや対立が生じてしまうことが日常的といえます。そうして生産性は返って低下してしまう事もしばしばです。この関係は直接コントロールができない人や組織との間で生じることもあります。実のところ権力への執着関係が齟齬を生み出すことが圧倒的であるのも事実です。まさに自我地位欲求の発露といえます。

こうした権力関係は公式の権限が大きければ大きいほど複雑性が増してきます。そしてその範囲は公式の権限が及ばない人たちにまで拡がっています。

時に人を動かそうとするとき説得を使うということを主張する人がいます。確かに時間があればそれも有効でしょう。またそこにスキルや納得に足りうる情報が揃っていれ云うことはありません。更には相手が耳を貸すという条件も必須になってきます。これらの条件を満たすのは容易なことではありません。

このような条件や状況を前提に、スピードが条件である環境下で時間をかけず、労力を軽減した形で相手や組織に影響力を及ぼすにおいて、権力は社会活動上必要条件であるとコッター教授は主張しています。

全くその通りです。現実のビジネス社会や組織において権力という存在は必須条件といえます。問題はそれが全体に対して有効に働くための十分条件が具備されているかどうか、にあるといえます。

では権力を有し発揮するにはどのような十分条件がいるのでしょうか。コッターは以下の4項目を挙げています。

①感謝や恩義を感じてもらう(人間性)

②豊富な経験や知識を持っている(専門性、情報性)

③理想像としての波長が合うと思わせる(カリスマ性)

④この人に自分は依存していると自覚させる(報酬性、関係性)

※ここでいう依存関係とは、相互に自分が持っていない経営資源を相手が持っている関係と、自分が持っている経営資源を相手が適正に評価してくれる関係という2つの関係で成り立つ関係が必要条件になります。

この要素は、以前ご紹介させて頂いた、7つあるとされる影響力の源泉の中で、自発力として存在している5つの力をカバーしています。更に権限(公権力)は他発的な影響力になるのですが、力の源泉としてこれを合わせると、強制力というネガティブな影響力以外の全ての影響力がカバーされていることになってきます。

コッター教授はこの十分条件によって権力という必要条件を制御する限り、権力は有効な影響力として社会活動や組織活動に貢献すると主張しているのです。

更にコッター教授はこれらの4つの十分条件を満たすための心構えも7つの視点で紹介しています。

権力を有効にする7つの視点

①どういった行動が周りに妥当と映るかに気を配る

②影響力や方法を場に応じて使い分ける必要があることを直観的に理解する

③4つの十分条件を方法的に全てバランスよく行使する。

④成果につながる権力を持つために権限の範囲を上げていく。

⑤持てる資源や権力を総動員して自分の権力のシナジーを発揮させる。

⑥自制をしながらも権力を使うことを是とする。

⑦権力によって他者の行動や人生に影響することを不条理とは思わない。

この視点はポジティブ・マネジャーの条件ともダブってくるところ大です。全ての視点を自他共に発揮させ、全体が幸福になるように導く世界観がポジティブ意識であり、それがポジティブマネジャーの要件だからです。

 

さて、次回はこの権力が他者や組織に直接的間接的に与える影響や行使するときのポイントについてご紹介させて頂きたいと思います。また、ポジティブ・マネジャーの要件としてのポジティブ・マインドとなる為のバイアス・トリーメントとモメンタム・アップという2つの側面について改めてご紹介させて頂こうと思います。

 

徐々にではありますが、朝夕が冷え込む時節になってきました。秋の虫の鳴き声も聞こえ始めました。皆様もご健康にはくれぐれも留意されますように。

それでは来週またお会いいたしましょう。

さて皆さんは「ソモサン」?