• 行動科学的アプローチでダイアログを身に付けよう。LIFTプログラム⑨~ソモサン第190回~

行動科学的アプローチでダイアログを身に付けよう。LIFTプログラム⑨~ソモサン第190回~

ショートソモサン①:行動科学とは何か?行動分析とは何か?

皆さんおはようございます。

企業において技術系の基盤に物理学や化学といった科学があるように、人事や組織運営の基盤には行動科学という科学があります。人の行動の原理を生産性の向上や勤怠管理、安全管理、最近ではコンプライアンスの向上に応用するのは常識的なことなのですが、何故か物理的、物質的なものを相手とする理系的な技術のようには認知が行き渡っていません。私的には組織活動に従事する者にとって行動科学は一般常識のようなものだと見ているのですが。

行動科学とは「人間の行動を科学的に研究し、その法則性を解明しようとする学問で、特にコミュニケーションや意思決定メカニズムに焦点を当てており、主に心理学、社会学、人類学、精神医学などによって構成されている」と定義されています。その中でも最も知られているのが「行動分析学」です。行動分析学とは「人間や人間以外の動物が行う行動の原因を分析し、行動に関する法則性を見出す学問」です。そして更にはその法則性を利用して人の行動を(原則としては)プラスの方向にマネジメントする学問と言えます。

ただし気を付けなければならないのは、行動科学即ち行動分析学という捉え方です。行動分析学も行動科学も双方共に人の行動に着目しつつ、人間の自由意志と欲求だけが行動の選択理由ではないということに言及したことと、行動とは能動的に何らかの動きをすることであると定義することからポジティブ思考に基点を置いたことです。また環境に行動の起点を置いていることも重要なポイントです。しかし行動分析学は、人の行動をあくまでも心理を取り除いた生理的な反応とそこから得られる効果であるということとする認識を基盤としており、例えば感情や感覚とされるものは刺激要因であり、認知は行動の原因ではなく説明されるべき行動の一つとして捉えています。行動分析学は「自由意志は錯覚であり、行動は遺伝と環境の両因子の組み合わせによって決定されていく」ということを前提とする学問です。

一般に自由意志は「意図」と表現されて、意図は知識から構成されているから、行動が歪む、例えばバイアスが掛かるのは無知が原因であると見る人が世の中の大勢になっています。しかし行動分析学は意図ばかりが行動の選択肢ではないということを実証的に解明しました。行動の起点は知ばかりではないということです。

行動分析学では、行動はパブロフの犬のように条件づけされた反応という要素と、それを感覚的感情によって左右させたり、増減させる好き嫌い的な誘因子要素という2つの環境に基づいて引き起こされると説きます。

この顕著な形態が外発的動機づけです。外発的動機づけとは報酬、懲罰、強制などによってもたらされる動機づけのことです。内発的な動機づけに基づいた行動は行動そのものが目的ですが、外発的動機づけに基づいた行動は何らかの目的を達成するためのものです。たとえばテストで高得点を取るためにする勉強や、昇給を目指して仕事を頑張る場合などがそれにあたります。強制された外発的動機づけが最も自発性が低い典型的な外発的動機づけですが、自己の価値観や人生目標と一致している場合は自律性が高まった外発的動機づけと考えられます。

行動分析学では感情を生理的な感覚的な刺激因子として捉え、行動とはそれが生理的な条件反射や外発的な動機づけのような環境によって誘因される存在という解釈で成り立っているわけです。この概念は行動という存在に対してこれまでの通説にカウンターを当てました。

しかし行動分析学の考え方は、動物の行動を変化させる強化因子である賞と罰を決定する際に、生物学的欲求を満たすわけでもない強化因子が数多くあることや、賞と罰に関係なく子供が言語を獲得することなどの条件づけについては説明が仕切れませんでした。例えば、条件付けの一つであると考えられていた幼少期の短期的学習である「刷り込み」はいかなる条件づけでもぶれは起きず、きわめて強固に学習が行われることが知られています。

また内発的動機についても説明し切れていません。内発的動機づけにおいては外部からの報酬や罰を随伴させなくても行動が動機づけられることが明らかになってきました。内発的動機づけとは好奇心や関心によってもたらされる動機づけであり、賞罰に依存しない行動です。これは特に子供の場合、知的好奇心が極めて高いために幼児期によく見られる動機づけとして知られています。たとえばある子供がTVゲームに熱中しているとき、その子供は賞罰による動機付けによってではなく、ただ単にゲームが楽しいからという内発的な動機によりそれに熱中するといった具合です。くわえて知的好奇心だけでなく、自分で課題を設定してそれを達成しようとするような状況においては自分が中心となって自発的に思考し、問題を解決するという自律性、また解決によってもたらされる有能感が得られ、それが動機づけとなり得ることも知られています。内発的動機づけには感覚的ではなく、認知的感情が大きく関与しています。行動分析学は生理的反応に寄り過ぎた中で、あまりに心の要素を排除したアプローチによる歪みが生まれました。

確かに行動分析学によるアプローチはマイナス状態をゼロ基点にするとかネガティブな状態をポジティブに転換させるといったケースでは効果的です。例えば他人の気持ちが分からないASDの様な認知的感情での障害者に対して行動変容を促すといった場合、感情という心理を考慮しないで直接生理的要因にアプローチするのは有効な手段です。また簡単なケースですが、禁煙などのような無意識な習癖の矯正などに関しては行動分析的なアプローチでの効果は的面です。しかし内発的動機づけのようなプラスを更に促進させるアプローチには向きません。ポジティブな意図や目的を持った人を更に動機づけるには外発的動機づけでは限界があるからです。外から与えられる動機づけは、創造性や責任感といった点で、内発的動機づけに劣ることが実証されています。

内発的動機には認知心理学における認知、人が環境を知覚した上で、経験や知識、記憶、形成された概念に基づいた思考、考察.推理などに基づいてそれが何であるかを解釈する、知る、理解する、または知識を得る心理過程、情報処理のプロセスとその結果としての目的意志や意図の存在が大きく関わっています。

にも関わらず行動分析学は、内発的動機づけにおいて行動を左右する分水嶺である存在が認知と思考と感情であるにもかかわらず、その認知や感情を生理的な環境条件にしているために意図や目的意識を伴う内発的動機にアプローチ出来ないという重大な歪みを抱えているのです。

ショートソモサン②:行動分析と認知心理学の相互補完が重要?

こういった背景を土台に経年での多方面での心理学的な実証経過の中で行動科学という分野が生み出されることになりました。そのスタートは、シカゴ大学の心理学者ミラーらが人間の行動を解明するために生物科学と社会科学を総合しなければならないとして心理学(特に社会心理学)、情報科学、医学、脳科学、認知科学、行動生物学、行動遺伝学などを行動主義心理学を土台に融合させた動きです。現在は更にゲーム理論、情報理論、サイバネティックス・システム論などの分野も参入して成長してきています。

人間は動物ではありますが、生理学的だけではなく、心理学的、文化的多様性という心を持った存在です。そういった経緯の中で生理学に社会心理学が融合されたのが行動科学という学問なわけです。

このような世界観をゲシュタルトと称します。ゲシュタルトとは、人間の精神を部分や要素の集合体ではなく、全体性や構造に重点を置いて捉える考え方です。この全体性を持ったまとまりのある構造をゲシュタルト形態と呼ぶわけです。そのゲシュタルト心理学の中から最も発展したのが認知心理学です。

認知心理学では、行動は意図(認知)→感情→思考の流れで人の心理の流れを表しています。それ故感情を制するのは意図(認知)であると解釈しています。故に認知行動療法などのアプローチは認知の変容に焦点を当てます。しかし人の認知がそう簡単に変わらないということは前述の如くです。

実は認知行動療法には誤謬があります。それは認知は意図であり、意図は思考からとばかりにアプローチに感情という領域が抜け落ちているということです。認知行動療法の流れは思考変容のアプローチなのです。

面白いのは日本人は心というと胸を指します。日本人にとって心はフィーリング(感情)が主です。しかし欧米は心というと頭を指すのです。欧米人にとって心はマインド(思考)が主なのです。

欧米で思考中心のアプローチに一向に効果が出て来ないのを機に行動分析学が表れたのは必然に思えます。ところが行動分析学のアプローチも感覚的感情だけに焦点を当て、認知的感情を外してしまっており、物足りなさが生じてしまっています。

行動を判断し、認知を操るのが感情であるにも関わらず手付かずの領域になっているのです。

今認知行動療法の新分野でマインドフルネスが台頭してきたのも道理です。マインドフルネスはまさに感情を平静にするアプローチです。

では、行動や言動をポジティブに変容し、調整して、他者や集団の関係を良好な状態にマネジメントしていくにはどうすれば良いのか。それはとりもなおさず、環境をポジティブな感情状態にし、自身をも行動的にポジティブ感情状態に演出していけば良いのです。

それを可能にするのは良いところ取りをすることです。認知心理学と行動分析学の良いところ取りです。認知心理学における意図(認知)→感情→行動に対して行動分析学的に行動から感情にアプローチし、引いては認知、バイアスやネガティブ意志を変容していく。それがボンズ・アプローチの理論的背景です。

そして最大の環境たる関係行動は他者との交流から始まります。まずは対話がスタートです。ボンズ・アプローチはダイアログへの取り組みによって研鑽されて行きます。

ショートソモサン③:ダイアローグというコミュニケーション手法とは?

それでは前回の予告に従って、人に向けての言動と自分へ向けての言動をポジティブ化するという2つのトーク技法を更に高度化して行きましょう。

今回はまずは演出的に形から入るというアプローチよりは少々難易度が高い応用的領域になります。それは「ダイアログ」と言われる対話技法です。より実践的レベルでのポジティブ演出に関してのボンズ・アプローチについてご紹介して行きたいと思います。

ダイアローグとは、2人以上の人が相互理解を深めるコミュニケーション手法です。重要なのは通常のおしゃべりのような単なる言葉のやりとり、会話ではなく、聞き手と話し手が双方向で相手の意識や注意、共感を引き出し合うコミュニケーションのあり方です。それにはお互いの意見に優劣をつけるのではなく、話をきっかけに次の行動につなげる、違った視点から新たな解決策や、さらなる探求テーマを発見するなど、創造性のあるコミュニケーションを取っていきます。そこで求められるのが参加者が皆ボンズ・アプローチを駆使した中でのポジティブ環境の演出です。

ダイアローグは、しばしば「ディスカッション」と混同されますが、ディスカッションとは似て非なるものです。ディスカッションは「討論・議論」のことで、その趣旨は、お互いに意見を主張しあって、相手を説得して自分の意見を通し、結論を出すことにあります。その為場の基調はクリティカルを重視したネガティブ環境の演出です。対して、ダイアローグは互いに意見や体験をオープンに共有し合い、新たな価値観を発見し、次の行動につなげるといった「探求のための話し合い」を重視しており、結論を出すことを求めない、あくまでもポジティブなクリエイティブ状態を生み出すのが特徴です。

ディスカッションは、短時間で仮説を立証し、話の妥協点や結論を出すための手段であり、最終的に結論を出す必要があるテーマに向いています。ダイアローグは、全員がフラットな立場で相互理解を深めるコミュニケーション手段なのです。

ダイアローグを実施することで、組織にどのような効果がもたらされるのでしょうか。

①新しい価値やビジョンを発見する

ダイアローグは、参加者全員が優劣なく、平等な立場でオープンに発言をして、それぞれの意見を出し合うことで、思考の枠組みを外すことを重要視しています。

相手の意見に反論し、自分の意見を押し通そうとせず、それぞれの意見を平等に扱うことで、自身の固定観念を発見し、新たな価値観やビジョンを発見することがダイアローグの目的です。より深い気付きを得ることで、物事に対する認識を変えて、これまでにない発想が生まれるようになります。

②自己理解を深め、行動を定める

ダイアローグを実施することで、相手の内面だけでなく、自分の内面にも深く向き合うことになります。自分の体験を改めて言葉にしてみたり、相手の考えと自分の考えを照らし合わせて、なぜ違いが生まれるのか考えたりすることで、自分についても新たな気付きを得られます。

新たなイメージのもとに行動を起こしたり、これまでと違った発想によるチャレンジにつながったりとします。

③チームの成熟度を深める

ダイアローグのもとでは、全員が平等な立場で、意見に優劣をつけることなく自由な発言をします。知識や経験が豊富な人が強い発言権を持ってしまうディスカッションと違い、年齢や立場によらず、お互いの意見に耳を傾けます。

全員が話し合いにコミットするため、連帯感や成長感、目的意識が生まれやすいのです。チームの結束感を強めることが期待できるため、組織変革後や新たなメンバーが加わった直後に実施すると効果的です。

ショートソモサン④ダイアローグの実施方法とは?

それでは、ダイアローグの具体的な実施方法をご紹介しましょう。

【ダイアローグの実践方法】

①アイスブレイク

最初に、普段通りの会話を行って雰囲気づくりを行います。無理に深い話をしようとせず、当たり障りのない会話でかまいません。リラックスして話やすい空気を作ることで、「発言しやすい空気」を作ることが目的です。

話し合いにあたって、ファシリテーターを立ててもいいでしょう。ダイアローグの経験者をファシリテーターとして中心に据えることで、話がディスカッションに向かっていたら軌道修正するなど、ダイアローグをより深めることができます。

この時にペップ・トークが生きてきます。

②自分の意見を述べる

続いて、テーマについて、全員が自分の意見を率直に口にしていきます。この段階までは、特に相互理解といったことは意識せず、いつも通りの会話や会議と同じように発言を行って構いません。

全員が平等に、自分の考えを素直に口にしていくことが大切です。相手の意見に対して、質問したり根拠を聞いたり、時には反対意見や不満をいってもいいです。全員が自身の中にある思考や体験を、提示していきます。

ここではポジティブ感情を演出したアサーション技術が生きてきます。

③相手の意見に耳を傾ける

相手が提示した意見に対して、さらに理解を深めていく段階です。断定的な口調を抑え、問いかけを増やして、オープンな気持ちで相手の意見を受け入れます。

どんな意見に対しても、否定したり、押し込めたりすることは禁物です。また、役職や年齢によって相手を下に見てもいけません。「誰が言ったか」ということにとらわれず、好奇心を持ってより深く理解するよう心がけましょう。

シグナル・マネジメントや傾聴力の技法が生きる場面です。

④新しい発見を生み出す

問いかけや仮説検証など、それぞれが内省しながら話し合いを続けていくと、これまでになかった価値観や発想が生まれるようになります。

そうすると、参加者が考えの変化や今後チャレンジしたい行動などを口にするようになってきます。参加者が一体感や満足感を感じられるようになり、チームの結束力が強まります。さらに、固定観念や思考の枠組みを取り払うことで、さらなる探求心が生まれ、次なる行動への指針やビジョンが生まれます。

ダイアローグを実施する際に、より効果的に話し合うための4つのポイントを紹介します。

 

【ダイアローグ実施の際のポイント】

1)全員が平等に発言する

ダイアローグでは、誰か一人が話を進めて、聞き役に回る人を作るのではなく、全員が発言し、全員が聞き役になることが重要です。

全員が発言して、自分の発言に耳を傾けてもらった経験を持つことで、「自分の意見でも、人に聞いてもらえた」という満足感が生まれ、それがチームへの帰属感や貢献意識につながっていきます。

2)主体性を持つ

全員が発言することは重要ですが、無理に話をさせようとすると、本人の納得感が生まれません。「自身で話すことを選択した」という主体性を本人が意識して持たないと、ダイアローグの目的を果たすことができないのです。

ファシリテーターをおくのはいいですが、無理に発言させようとせず、あくまでも話やすい雰囲気づくりに努めるようにしてください。

3)断定しない

自分の意見を言う際に、「そうに決まっている」「こうあるべきだ」といった断定的な口調は避けたほうがいいでしょう。

ダイアローグの目的は、結論を出すことではありませんし、断定的な言い方は相手を委縮させてしまい、意見交換が停滞してしまいます。自分の意見を押し通そうとせず、様々な可能性から意見を検証していく姿勢を持ってください。

4)「Iメッセージ」を意識する

相手を否定したり、断定的に物を言ったりすることを避けるためには、「アイメッセージ」を意識することが効果的です。アイメッセージとは、主語を「わたし(I)」にして言い換えること。

例えば「その意見はおかしい」「これはやめてほしい」というのではなく、「私はこう思う」「こうしてくれると助かる」と言い換えることで、攻撃的な印象を和らげることができます。

シグナル・マネジメントの真骨頂です。

 

ダイアローグを活用することで、チームの結束力や連帯感を深めるだけでなく、個人の発想力を強化し、より創造的な思考を育てるといったメリットもあります。

実施するには、効果を高めるためにいくつかのポイントがありますが、特別な用意は必要なく、取り入れやすいコミュニケーション手段です。新たに結束されたチームをマネジメントするさいなどに、ぜひ導入してみてください。

また、チームのコミュニケーションを促進し、結束力を高めるためには、公平で納得感のある人事制度も必要不可欠です。ダイアローグの導入とあわせて、人事評価制度の見直しも検討してみてください。

尚ダイアローグは、元々アメリカの物理学者、デビット・ボーム博士が、量子理論に基づいた人間の思考プロセスに関する研究の中で、開発した手法です。その効果性からボーム博士の開発後も様々なグループによって研究が重ねられ、1990年代にマサチューセッツ工科大学の研究グループによって「学習体系の中心的プロセス」として位置づけられたことから、注目を集めるようになったという実践的なアプローチ技法です。

さてもう一つは内観と言われる自分との対話についてですが、大分紙面を使いましたのでこれは次回に回すことに致しましょう。

では次回もお付き合い頂けますと幸いに思います。次回もよろしくお願い申し上げます。

 

さて皆さんは「ソモサン」?