• DX時代の人と組織を考える~ハイテック・ハイタッチという本質~ -ソモサン第176回-

DX時代の人と組織を考える~ハイテック・ハイタッチという本質~ -ソモサン第176回-

ショートソモサン①:あなたの会社が進めているのはDXですか?デジタルシフトですか?

皆さんおはようございます。

多くの企業でDX(デジタル・トランスフォーメーション)を推進する動きが活発化してきています。取り組みが本格化している企業では、現場に近い事業部門でのデジタル化案件が増加し、案件によっては事業部門が主体となって推進し始めていますが、皆さんはそういった中でいわゆるIT部門(情報システム子会社を含む)を始めとした組織の各部門はどのような立ち位置でDXに臨み、役割を果たしていくことになると思いますか。

現実に巷を見渡すと各企業共軽々しく言葉は発するのですが、本当にDXの意味を理解しているのか、非常に不安を感じる面が多々あります。何故ならば企業の現場に赴くと、DXという動きをIT(インフォーメーション・テクノロジー)化の延長上での動きだとかこれはIT部門の仕事であるとか、酷い話現業を邪魔する余計な動きといった無知蒙昧な反応さえある始末です。その際足るものがMA(マーケティング・オートメーション)における営業部隊の態度でしょう。残念なことに当該のIT部門ですら、無知によってDX促進の抵抗因子になってしまっている企業もあるようです。

まず初めに申し上げておきたいのは、DXとITは全くの別物だ、ということです。これまでの企業におけるIT化とは、Systems of Recordといって記録された蓄積データの分析や活用を基軸としたシステムによって、社内業務システムやITインフラの効率によって既存活動をより効力的にする支援を指していました。狙いは活動の効率性を追求することです。ここでいうITにおけるデジタル化とはデジタルシフトのことを指します。

一方DXはSystems of Engagementといって、有機的な繋がりのシステムです。デジタル化が進みタイムレスでダイバシティに活動し始めたグローバル社会へ適応するために、経営、マーケティング、人材採用・教育、生産活動、財務活動、およびビジネスモデルそのものといった全ての企業活動を繋ぐようにシステム化して、ネットワーク的にデジタル対応していくことがその中核になります。そして更には既存のビジネスモデル、消費パターン、社会経済構造、法律・政策施策、組織パターン、文化的障壁といったこれまでの活動をデジタル的に変革させていく取り組みです。ここでエンゲージメントという言葉を使い、ネットワークと言わないのは、この繋がりが単に知的情報だけではなく人間的な思いや感情、行動面をも交えた繋がりを指すからです。ですからここでいうシステムは組織の活動をデジタルシフトするような狭義の世界ではありません。IT化とはデジタルシフトレベルの話ですが、DXとは次元が全く異なった話なのです。

SoEは、SoRのように事前に要件を確定でき、既知で成熟した技術を活用することが多く、ユーザー企業とシステムインテグレーターなど外部企業との役割を明確に分担でき、一括委託やアウトソーシングが可能なものが多い活動とは全く異なる世界です。要件の面でも技術の面でも不確定要素が多く、試行錯誤を繰り返しながら実装していく必要があり、機動性と柔軟な対応が求められるため、内製化や自社運営が前提となってきます。一方で現存するIT部門のスタッフは、SoRの企画・開発・運用の経験や知見を豊富に持っていますが、SoEに関するスキルは不足しているというのが現状です。これまでの延長で従来のIT関連業務を効率化することから人的余力を生み出し、それをDXに振り向けるべきという考えも決して容易ではありません。その為、IT部門からDXプロジェクトに人員を振り向けるのが難しく、かつ適合するスキルが不足している状況下において、先行しているDX推進組織や事業部門では、以下の問題が起き始めています。

  • DXが各事業部門で独自に進められ、事業部門間の連携や相乗効果が期待できず、重複投資や同じ失敗の繰り返しが起き始めている。
  • 既存システムとの連携性や全体的なアーキテクチャーが考慮されないシステムが乱立し、システム全体の複雑性が増長されたり、運用負荷が増大し始めている。
  • IT部門が知らないところでさまざまな技術や製品が導入され、ガバナンスやセキュリティの懸念が高まって来ている。
  • 本番稼働の直前になってから、結局はIT部門にシステム運用が任され、準備が間に合わない状態に陥っている。
  • SoRに関わる業務だけが社内に残り、内製化が適しているSoE案件の外部依存度が高まるというミスマッチな現象が起き、結果社内にSoEの企画・開発・運用に関するノウハウが蓄積されず、IT部門が現行業務から抜け出せないという事態という期待と真逆な状態となる。

こういった事態に陥ることを避けるには、まずDXの持つ意味や今後の企業の戦略を明確にし、IT部門は基より企業内の全ての部門のDXへの関わり方への方針を明確に示し、社内への周知が求められます。それも心情的な抵抗を予測して、ある程度権威的に通知させると同時に各部署に自発的な活動を喚起させる演出が求められます。

ショートソモサン②:「DXの目的」を一言でいうと何でしょうか?

この時に最重要に求められるのが「ハイテック・ハイタッチ」という前提概念です。

・何のためのDXなのか、という目的の明確化。DXが何故必要なのか、という意味づけ。・そして自分達にどういうメリットがあるのか、という報酬。

・加えて何処までのことをするのか、というゴール。

これらを共有することです。

そしてもう一つ、DXに対する方針の内容です。DXに対する方針とは「DXの推進に各部門が当事者として協働的に貢献する」といったビジョンを示すのも重要ですが、具体的にDXに対して各部門がどのような役割をどのような方法で果たそうとするのかが、個人ベースの行動レベルまで落とし込まれて分かるものでなければなりません。

具体的には、各部門が関与するDX案件のタイプ、対象範囲、用途、社内システムとの関係といった対象案件の属性、各部門のDXプロジェクトに対する立ち位置、人員配置の考え方、個々人の行動、対象とする技術内容やプロジェクト内のフェーズといったDXプロジェクトへの関わり方、部門内でのDX人材の配置、時には採用、育成、ローテーションなどに対するスタンスを明確にすることまでが求められます。DX人材としてどのような人材を中心に確保・育成するかも重要な要素となります。

既にDXの推進に対して企業方針的に発表している企業は多いことでしょう。しかし具体的なDX方針や推進するプロジェクトのあり方を明確に社内に示している企業は決して多くありません。最悪のシナリオを回避するためにも、早期にDX方針の検討と開示を開始することが望まれます。

ところで「ハイテック・ハイタッチ」ですが、これには大きく2つの意味が隠れています。

 

①人の生活をよくするためのDXが人を置いてきぼりにしている現実

一つはテクノロジーがハイテク化されればされるほど、それにエンゲージメント(繋がる)するヒューマン領域側がきちんと呼応できないとハイテク化自体が無意味になるということへの対応です。前にも話しましたが、本来DXとは「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」というのが目的です。つまりヒューマン領域が良い状態、幸福な状態にならないとハイテク化は意味がないということです。しかし現実はそうなっていません。ハイテク化に対応できる人とできない人の間で格差が生まれ始めています。大勢的に云えばついていけない人の方が多いと思えます。

ハイテク化の進展が加速化すればするほど、その速度や複雑性についていけない人の方が増えているのです。ハイテク化を不幸の要因と捉える人が多いという現実。本末転倒なのですが、これが現場の事実なのです。

ではどうしてついていけないのでしょうか。一つは理解不足があります。だからこそ「早期のDX方針の検討と開示」は大切です。しかしそれだけでは殆ど促進は難しいでしょう。ポイントはついていけないのが論理ではなく感情だからです。やって出来ないのではなく、初めから否定的幻想が働いて心情的抵抗を始めるからです。だからいくら説明をしても徒労に帰すのです。

心情的抵抗、否定的幻想という感情。理解や能力といった論理面ではない領域へのアプローチを軽視したことから生じる障害の克服に手を打たないことへの問題解決は重要です。

ここに弊社が主張するLIFTの概念の目的があります。LIFT、活性化された思いと気持ちを調整するという概念は、人は論理や理屈で動いているわけではないという主張です。それ以上論理を組み立てる思考自体、思いや気持ちに準拠して働いているのが実際です。思いを一致させ、気持ちを盛り立てない状態でまともな思考が生まれるはずもありません。しかし悲しいかな、前回紹介した論理優先の評価やそこでの成功体験だけで人格形成された人材は、何でも理が立てば人動くと信じ込み(これ自体が頭が悪いのですが)、それで人が動かなかったり、抵抗すると、これまた理が足りないとばかりに論理介入に溺れる有り様です。

弊社は問題の究明以上に解決策の推進、とにかく動きを出すことに注力する企業です。どんなに正論でもそれが浸透し、動きに繋がらなければ無意味と判断しています。ハイテク化への取り組みは思いと気持ちが主軸です。ここにハイタッチという言葉の意味があるのです。思いを集約し気持ちを盛り上げるにはハイタッチが不可欠なのです。

人がパフォーマンスを上げる鍵となるのがSR2 Cube Forceという枠組みです。

・Sとはソリューション、問題解決力です。これを支えるのは知力、つまり論理性です。しかしパフォーマンスには後二つの力が欠かせません。

・一つはR①、リレーションです。人と関係を作れる力です。そこにはコミュニケーションやリーダーシップが入ってきます。人に影響して人の思いを集約させたり気持ちを喚起させる力のことです。

・そしてR②、リアライゼーションです。これは気づく力です。覚醒したり、思いを固める意思行動のことです。

この3つの力がバランス良く作動しないと人は動かないということです。

ハイテクは論理の世界です。知的世界を高度化する取り組みです。現在では人間の知力をはるかに超える処理力で稼働する時代です。これに感情が追いつかず、応じて思いがマイナスに働いているのが実態です。そこに更に論理を更に押し込んでどうするのか、今の多くの企業のDXへの取り組みは、第一にハイテックに偏重させてしまっているということ。そしてヒューマン領域においても否定的感情や当事者意識の喚起を論理で解決しようとする偏った歪なバイアス的な取り組みに終始していることが、ハイテク化への動きを狙いとは異なるデメリットなものにしてしまっているのです。

感情を盛り上げ、思いを集約するのがタッチです。タッチとはふれあいのことです。このふれあいは単なる接触ではありません。人と人の心、感情や思いをエンゲージさせる作業です。それをより高めていく活動がハイタッチです。

②人の生活を善くする(幸福感)ためのDXが「感情」を抜いて語られている現実

ハイテック・ハイタッチにはもう一つの意味があります。これはここまででの話にも関連しています。先のDXの本義をもう一度思い返してみてください。DXはあくまでも人の幸福の向上です。ハイテックによって人のパフォーマンスや集団、組織の生産性が下がってしまっては意味をなしません。それをバランス取るのがハイタッチです。第一の目的は内なる目的ならば、第二の目的は外なる目的です。

例えばサービスという活動はどういった目的に元に営まれるのでしょうか。サービスは人の感情をプラスに方向づけ、高揚させる活動です。それによって人の活動を促進させます。果たしてハイテクによって生み出されるコンテンツは人の感情というファクターを除いて当初の目的を達成できるのでしょうか。人は人に始まり人に回帰します。この本質を抜きにしたハイテクはないのです。ハイテクは手段です。その本質を理解できない短慮な人がDXの進捗を歪んだ方向に導いてしまうのです。

今回は長くなりました。次回からは前回コメントさせて頂きました本筋に回帰して、ハイタッチ、つまりSR2Cube Force  Modelの具体的な進め方に入っていく予定です。

さて皆さんは「ソモサン」?