カンブリア宮殿の事例の中に利己利他と自利利他の本質をみた

今月は「利己利他」と「自利利他」の違いについてコメントをしています。先週利己利他は利他ではないと明言しましたが、実際の社会活動において利己利他と自利利他の線引きは非常に難しいことです。自利利他も究極は自己満足な心境を得ることですから、真の意味で利他とは何なのかを突き詰め始めるとそこに正解はありません。まさに哲学的な命題と云えます。

特に現代の日本人は正解探しに傾斜する学校教育の弊害によって白黒を付けたがる心性を根付かされてきていますから、多くの人が(学校秀才ほど)物事を二値的な論理的帰結に持っていくような判断をしないと心が収まらない習癖を有している状態と云えます。まさにアンコンシャスバイアスの典型ですが、今やそれがマジョリティになってしまっている以上はここに関する論議は詮無い様相と云えます。日常の問題解決に役立つレベルとして扱うのが得策と考える次第です。ということで今回はその命題に触れるような面白いテレビ番組を見る機会があったのでそれを取り上げてみたいと思います。

それは3月12日にテレビ東京の「カンブリア宮殿」に「いきなり!ステーキ」創業者の一瀬邦夫社長(ペッパーフードサービス)が出演した際の顛末です。放送は2013年の創業から5年間好調だった「いきなり!ステーキ」が、2019年に何故赤字に急転落したのかを中心に話されました。この内容に深みを持たせたのは、そこに、すかいらーく創業者の横川竟(きわむ)氏が出演し、横川社長の考えが示されたことによって両者の違いがクッキリと映し出されたことでした。

 

一瀬社長は昨年店舗の前に手書きの張り紙をして原価率の良さなどをアピールしましたが、この動きに関してはネットでもかなり話題になりました。それの件に対して横川氏は、「個人的な趣味で言うと、自分は書きません。商売というのはそれを商品で表現することだからです」とコメントしました。

この辺りは軽いジャブだったようで、続いて一瀬社長が低迷の原因を「出店を急ぎ過ぎた」と分析して「何が何でも達成しようとしたことが大きな反省です。お客様がいない所にも出店してしまった」と語ったのに対して、横川氏は「一瀬さんは企業側の”したい思い”がたくさんあったため、どこかが欠落したのではないか」と真っ向からの指摘はまさにストレートパンチのような当たりでした。

横川氏は、おそらくは「日本一にしたい」という利己的な思いが強すぎて、店をたくさん作ったのだろうが、その結果人材や良い立地が無くなってしまったと云うのは「企業が数字だけを目標に店舗数を増やすことが持つ危険性の骨頂である」と喝破したのです。確かにこういった出店攻勢の中で兵站が尽きて失速してしまった外食店は沢山あります。

ここで極めとなったのが一瀬社長の反論でした。「僕は全然そうは思っていない。日本で一番のステーキ屋になろうと思ったわけではないし、従業員たちにも”店舗数が一番になったとしても日本一なんて絶対言うなよ”と、ずっと戒めながら奢ることなくやってきました」と抗弁したのです。更に「自分の食べたいものをお客さんに売る。お客様が喜んでくれるに違いない、という考えが根底にある」と続けました。

これに対しての横川氏のコメントが秀逸でした。「自分が好きなものとお客様が求めているものが同じならばそれで良いと思う」とした上で、「自分は人が皆同じだと思っていなかったので。自分がおいしいと思うものが必ずしも相手も美味しいとは限らないという前提で、相手の口に合わせた味と素材の組み合わせを考えた。基本はお客が求めているものを売らない限り売れないです」と持論を語ったのです。

皆さんはここまでで何をどうお感じになるでしょうか。私には利己利他と自利利他の違いが鮮明に出ているように感じます。一見ご両人ともに「お客に喜んでもらいたい」という思いは同じように写りますが、横川氏の考えが「お客様本位」つまり利他を基軸にしているのに対して、どうしても一瀬社長は「自分本位」、利己的思想に見えてしまうのです。

その後でも「いきなり!ステーキは意外と高い」という街の声に対して、一瀬社長は原価率から考えれば決して高くないと訴えていましたが、横川氏は「肉以外の価値が少ないからそう認知されるのだと云っておけばいいのか、要するに立って食べることに価値があるかと云うと、はっきり無いからですね」とこれまたバッサリ切っています。物言いは穏やかですが、内容はかなり辛辣です。

更に「輸入関税は下がってきているのに、肉の値段は高くなってきています」とお客さんが感じる顧客目線での矛盾と突くと、たまりかねたように「それだけ言われちゃったら、見ている人は横川さんの方が権威があるから」と一瀬社長は話に割込み、いきなり!ステーキの経営努力を語り始めました。ここで一瀬社長はきちんと横川氏の意見を論破出来なかったのみならず、人の話に口を挟むような感情的で浅慮な態度を取ったばかりか、権威主義というコンプレックス的な別の論理を持ち出して主張をするという、まさに幼子の典型である利己的な反応行動を垣間見せたわけです。

当然この場面においては、横川氏の的確な指摘に反論する一瀬社長の姿勢に、視聴者は「助言を素直に聞けない自己中心的な人」という印象を抱いても可笑しくありません。事実ネットではそういったコメントが頻出しています。コメントの大勢は、「いきなりステーキが何故大失速したのか。このやり取りを見ただけで何となく分かって来た」とか、「自分の意見がすべて正しい、悪いのは自分以外という他責的スタンスである。評価は客観的に見ている自分以外ということを忘れたらこうなるんだろうな」といった声の様です。

 

横川氏の言葉は、全体を通して外食産業のみならず、すべての商売に通じる筋が盛り込まれているから一定の説得力があると私は感銘しました。それこそ顧客第一という考え方は利己利他ではなく、自利利他であるという信念です。私は前職でその会社が茅野社長の時から「すかいらーくグループ」での教育に関わらせていただいた時の経験談を薫陶されていましたので、横川氏の言葉は実体験的に為されてきた内容であるということを認識しています、決して理想論ではありません。すかいらーくの持つ歴史からの言葉なわけです。私は、一瀬社長は権威が持つ意味も十分に理解されていない様に思えてなりません。

視聴者からも、この番組を見ていて先人の経験に根差した薫陶を素直に聞けない人には先がないという印象が残ったという声が出ています。一瀬社長は「また誤解されるのでは」と心配していたようですが、この認識こそが最も重大なところです。要は自分の経営結果を受容できていない、ということです。最後まで自分は正しいとする自己中心性バイアスの典型が出ています。これこそが利己利他の真骨頂と云えます。

ベンチャー企業の経営者にはこういった人が多くいます。事業は当たった。しかし経営が上手くいかない。アイデアは湯水のように出てこない。しかし利己的なので同じような利己的人材しか集まらない。組織がどうしても利害共同体になって運命共同体にならない。結びつきが弱いので、何かあったら皆蜘蛛の子を散らすように去っていく。また顧客も損得でしか集まらないので、やはり利害だけに反応して離れていく。そうして孤軍奮闘にアイデアを出し続ける展開に拘泥していく。それが尽きた時が終わるとき。

前職の経営者がオムロンの故立石一馬会長とご一緒させていただいたときに名言をいただいたそうです。「財界には一発当てたぽっと出の経営者が賑やかに騒ぐことが良くあります。そういった会社は大きな汽笛を上げ銅鑼を鳴らし、汽船のように煙や蒸気を上げて走り回ります。一方で財界には歴史を持って静かに音も立てずに海の流れに合わせて回遊する氷山のような会社もあります。

ご存じですか、氷山は海から見えるのは全体の7分の一だそうです。そういった氷山と汽船がぶつかったときに一体どちらが沈むのでしょうかね。経営は地道に静かに原則に沿って謙虚に進めていくものです」。その時代はちょうどITが潮流に乗り始めていた時代でした。確かに今その時代から生き残っている会社はごくわずかです。

ただ一瀬社長は勇気ある人だと思います。ここまで事業を伸ばしたのは確かですし、横川氏と対峙する気構えは尊敬に値します。今回、今はやりの「公開処刑された」という言が喧しく云われていますが、私的にはこういう人は理屈よりも体感的に学ぶタイプの人なので、おそらくは這いあがってくると期待しています。

今回彼を題材にさせていただいたのは、あくまでも利己利他を説明するために分かりやすくインパクトも強いと考えたからです。もしも関係ある方がいらっしゃるならば、謹んでお詫びを申し上げます。

ただ私の周りにはこういった利己が当たり前のように利他と認知され、それを前提にものを考えたり創業を企図したりする輩が余りに多いのが嘆かわしく思う所です。たった十年の経営の中で5人もの若手がそういう考えで弊社を利用できると近づき、結局はすぐに離れていきました。

私的にはそういう生き方を物悲しく思うのですが、果たして時代がそうさせるのでしょうか。なんとなく未来に悲観を覚えるところです。でも、くだんの一瀬社長に関するネットなどのコメントの大勢を見る限りには、まだまだ最近の若者もきちんと考える人もいると思い、安心するところもあります。まあ私の周りにそれなりの人しか来ないのだとしたら、それは私の不徳の至りといったところです。

 

さて、皆さんは「ソモサン」